上流階級 王族御付 大貴族 雪園家

花王院局長の前で一礼した壮年の男性は、一房の白い髪を揺らして微笑んだ。

しっかりした体格に骨ばった顔は、軍人を思わせるようなどこか固い雰囲気を醸し出している。

まつ毛まで白いその色は、符術の基礎能力、つまり魔力を多く持っている者の典型的な特徴、かつ雪園家の特徴でもあった。



「お元気そうで何よりです。花王院局長。

 蛍都けいとはしっかりと室長としての役目を果たしておりますか?」



雪園室長を愚息と呼んだこの方は、雪園 真琴まこと様。

雪園家 現当主の長男で、次期当主として仕事を継いでいる、なんて聞いたことがある。

昔から身体に染み付いているのか品のある所作が目を引く、大きな子供がいるとは思えない若い見た目。

この親がいてあの子供がいる…なんだか納得だ。



「ああ、くせ者ぞろいの管理室をまとめあげていてな、大変助かっているぞ」

「それはよかったです。…ああ、今日は長男も連れてきたのですが、当主と共に回っておりましてな。また今度ご挨拶を」

春都はると殿か、ついこの前、木戸きと神社の神主になったと聞いているぞ、お祝い申し上げる」



ありがとうございます。と彼は笑顔を浮かべた。



雪園家。

古くから王家に使えてきた歴史のある家。

彼らの家としての役目は、『封印』だ。


古来より日本を脅かしてきた様々な妖怪や怪異は、多くの人々の命を奪ってきた。

王家の力により封印され事なきを得てきたが、その『維持』は代々力を継ぎ足していく必要があり、王家だけでは手が足りない。

そこで王家に長年仕えてきたとある陰陽師に『家』を与え、共に日本を守る役目を背負ったのが雪園家の始まりだった。


そのため、多くの神社仏閣の管理、今となっては珍しい陰陽師稼業を生業としている。



「蛍都、柚那、こちらへ来なさい。花王院局長にご挨拶を」



真琴様の一声は、それぞれの集団に囲まれた中心たちの耳に届く。

すぐにこちらへ到着したのは、兄の方だった。


グレーで統一されたスーツ。

髪形はいつもと変わらないが、シャンデリアの光で乱反射でもしているのか、青い瞳は宝石そのもののように煌めいている。



「こんばんは、花王院局長」

「うむ、雪園家の面々は元気そうだな」



ええ、と見せてきた笑顔に私は意識を周りに向けた。

私達を取り囲むのは大量の目線。

案の定、とても注目されていた。


さすが才能、学歴、ルックスのすべてに文句の付け所のない良い男。

周囲のご令嬢方の視線を釘付けだ。

みんなグラス片手に近くの女性同士で腕を組み、きゃあきゃあと興奮している。


おそらく、局長の視線をあわせるために片膝をついている姿がナイトのようでかっこいい、というやつなんだろう。



「はい。全員変わらず元気にしております」

「そうかそうか」

「花王院局長もお元気でいらっしゃるようでなによりです。何かあればすぐにでもご連絡ください。

 局長の健康をお守りすることも我々特殊情報管理室の使命ですから」

「頼もしいな、室長よ」



さすが花王院局長。相手が絶世の美人でも動じない。

幼い見た目ながらも何十年と局長をしているのだから、年の功というやつか。

くすくす、と花王院局長の笑い声が随所に聞こえる。



「ときに吉川」

「はい」



…突然名前を呼ばれて驚いた。

2人の顔を視界に入れると、にこり、と室長が嬉しそうにこちらを見上げるのが見えた。



「ちゃんと室長の診察を受けているのか?」

「……はい、この前体調を崩したときは、おかげさまですぐに良くなりました」



痛い質問である。

とりあえず適当に返事をしておこう。



「2係とやりあったときか、あれは見ていて面白かったな」

「あの時は大きな怪我がなく、大事ありませんでしたが…花王院局長、」

「はいはいわかっておる、わかっておる。君は研究対象の世話が熱心すぎて困る」



珍しくとがめるような室長の声に、局長は聞き飽きたとでもいうようにひらひらと手を振った。


私がただの研究対象の扱いと。ふーん。

そうね、前の治療室のときも否定しなかったもんね。

無言のまま雪園室長をジト目で見つめると、彼は眉尻を下げて悲しい顔をした。



「彼女は研究対象では…」

「だ、そうだが?吉川」

「…………」

「よ、吉川さん……」


「ぶっあはははは!すまん、すまん、室長!

 ちょっと遊びすぎたな」

「勘弁してください…局長」



あははは!となおも大口を開けて笑う局長。

そのやりとりが面白いのか柔らかな笑みを浮かべて声を漏らす真琴様。

なんだかとても楽しそう。



だが、その直後。

雪園室長の隣にいた人物によって、柔らかな空気が一瞬にして崩壊することになる。



ぽろり。


その瞳から落ちるものを見て、私は絶句した。



「おや、どうした、柚那」

「柚那?」



いつの間にか彼女も人の波をかき分けこちらの輪に入っていた。

視界には映っていたが今の今まで口を開かなかったので特に触れないでいたけれど、突然どうしたのか。


立ち上がっていた室長が少し身をかがめながら素早くハンカチを取り出すと、彼女の目じりに当てる。

それでもぽろぽろと落ちる涙。

雫を生み出す瞳の向こうには―――――確かに、私が映っていた。



「…いえ、申し訳ございません。

 目にゴミが入ったようでして…」



鈴でも鳴ったかのような綺麗な声を震わせて、彼女は言う。

まっすぐに、ただまっすぐに私だけを見つめて。


一瞬、金縛りにでもあったのかと思った。

心臓がうるさく響かせる音を祓うように、私はもう一度視線を逸らした。



雪園 柚那。


十数年ぶりの再会。



私は逸らした視線を佑様に向けた。

遠く向こうにいる彼は、後ろを向いたまま動かない。



―――こういう時くらい助けたらどうなの、佑くん。


…そんな言葉、私にような人間からじゃ、もう、届かないのにね。




「お久しぶりでございます。花王院局長、今関7係係長、

 …吉川さん」



兄にもらった肌触りのよさそうなハンカチを、深く皺が付くほど握りしめて

彼女は言った。




「…!」



その背後に、ゆらり。

暗い縁を視た。

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