彼女的波乱の前触れ

今回のパーティは参加者が多いため、5つの会場に分かれて開催されている。

5人の影王継承の権利を持つ王族たちがそれぞれの会場に代表として滞在し、参加者が自由に行き来できる、そんな体制をとっていた。


継承順位5位の佑様が滞在するこの第5会場は、他の会場と足並みをそろえて開始の挨拶が行われた。



会場はそれはそれは豪華絢爛ごうかけんらんで、一般民の私には目の痛い光景だった。

まじまじと観察できないほどにまばゆい巨大なシャンデリアに照らされ、床はワインレッドの絨毯、歩きにくい。

立食パーティとなっており、会場の中央には自由に食べられるよう、常に温まった美味しそうな料理が広がっている。

悠長に食べていられないのが残念だな。


私たちは花王院局長と共に端から佑様を見守っていた。



「花王院局長、お久しぶりでございます」

「おお、久しいな。元気そうでなによりだ」



もちろん特殊治安局の代表として参加している花王院局長に挨拶に来る人間は多い。

係長である今関さんがサポートに回ってくれているおかげで、私は佑様をうまく視界に入れたまま粗相なく応対ができている。


佑様とホテルを繋ぐ、つまり佑様の縁は藤色。

見失っても隣の会場にでも行かない限りは行方がわかりそうだ。



「菜子ちゃん、どう?」

「今のところ縁に異常はありません」

「そう、随分ワインを勧められているみたいだから、気をつけて」

「はっ」



花王院局長への挨拶の波が途切れたタイミングで、私と今関さんはこそこそと話す。

確かに佑様は挨拶を受けるたびにワイングラスを手渡されているようだった。


局長曰く、王族にワインを渡しそれに口をつけてもらうことは、友好の意思を互いに示すものらしい。



へえ、と私が思っていると、突然私の名前を呼ぶ声が聞こえた。



「吉川さん!」

「あ…あなたは、有栖科ありすか様」



そこには半年ほど前に知り合った有栖科家の当主夫妻がいた。

カケルくんと、癇癪を起こし引きこもってしまった娘、呱々菜ここな様の機嫌を取り戻すために協力いただいた方々だ。

久々の再会に、私は深く頭を下げた。



「お久しぶりでございます」

「ああ、久しぶりだ。お元気そうで何よりだよ」

「ほう、何のつながりかと思ったら、前に娘が大暴れしたっていうあれか?」



花王院局長に言われて、お恥ずかしながら…と頭を触る当主様。

奥様は隣でくすくすと上品に笑っていた。



「あの時は本当にお世話になりました。花王院局長、7係の瀧澤さんには今も呱々菜やみなとと遊んでもらっているのです」

「そうかそうか!あの坊主を担当にして良かったな、今関」

「はい。…お初にお目にかかります。7係 係長の今関と申します。

 近況は本人から聞いております、随分と仲良くさせていただいているようでございますね」

「まあ、上司の方でしたか!いつも子供たちがお世話になっております」



最近は付いていけてないけれど、カケルくん、うまくやっているみたいでよかった。

彼はやっぱり笑っている表情が一番良い。

今関さんを見ると目が合う。

それは形式上に留まらない、心から彼を想い喜ぶ保護者の顔だった。



「…それでは私たちはこれで」

「またお会いしましょうね」



それから少し話をして、有栖科家の夫妻は去っていった。

他にも挨拶周りに忙しいんだろう。

こちらとしても佑様に集中できるので都合が良い。



「他にも担当させていただいている方がいらっしゃるかもしれないわね」

「はい、そうですね、ご挨拶できると良いのですが」



私と今関さんは高揚した気分のまま言葉を交わす。

それから間もなく、次に声をかけてきたのは意外な人物だった。



「今関係長、吉川さん!」

「あら」

「鴨川係長…?」



足早にこちらに歩み寄ってくるのは、支援一課 1係係長の鴨川さんだった。


黒で少し光沢のあるジャケット。

細かい花とつたのような刺繍が光の当たり具合によって見え隠れする。

いつもの青いメガネは変わらないが、髪形はオールバックに整えられより男性らしい顔の陰影が強調されていた。

ちらちらと彼を見る女性の視線と桃色の縁が視える。



「こんばんは、鴨川係長」

「こんばんは、今関係長…本当に君たちが担当になったのか…!」



挨拶もそこそこに、局長を全く無視して私を見る彼の目には、心配の2文字が宿っている

思わず私も困った顔をしてしまった。



「今回の同行、本当に問題ないのか?吉川さんが毒を視るとは本当か?」

「ええ、今のところ異常ありません。…ええと、鴨川係長、そんなに慌ててどうされたのですか?」

「今さっき部下から聞いたんだ。…すまない。佑様の護衛を兼ねていると知っていれば俺は断っていなかった」



鴨川さんは恨めしそうに局長を見下ろす。

当の彼女は素知らぬ顔で近くにいた知り合いに声をかけて話し込んでしまった。



「今からでも父に事情を話してくるか…」

「心配には及びませんよ、鴨川さん」



1係は割り当てられた地域の治安維持だけでなく、王族の護衛任務も担当している。

特に佑様は長年1係が担当しており、護衛となれば彼らの役目そのものといっても過言ではない。



「私たち7係では少々不安かもしれませんが、佑様はしっかりとお守りします」

「それは…心配してはいないが…それだけではなくてだな…」

「ふふ、鴨川係長、吉川を随分気にされているようで」

「そ、そういうわけではない、わけでもないが…」



メガネの位置を整えながら動揺を見せる鴨川さん。

珍しい姿に、私は思わず笑い声を出してしまった。



「鴨川家も参加されていらっしゃるのでしょう?早く戻らないと怒られてしまうのでは?」

「…はあ、すまない、吉川」

「……何がでしょう?」



額に手を当てて陳謝してくる様子がどうもおかしい。

もしかして鴨川さんが心配しているのは、護衛の件ではない?



「鴨川家も花王院局長に挨拶に来るつもりなんだ。ただ、タイミングが合いそうもない」

「タイミング、ですか?」

「くそ…事前に知っていれば…」



何のことかさっぱりだ。

結局鴨川さんはしきりに後悔と謝罪を繰り返し、理由を告げないまま第5会場を後にしてしまった。

今関さんはどうやら理由がわかっているようだけれど、教えてくれそうにない。

にこにこと愛想笑いのまま、じきにわかるわ、とだけ言った。



「…ふふっ」



ずっと黙っていた花王院局長が、突然笑い出した。

何だろうと私は後ろから局長の姿を見つめる。

震える肩越しに、小さい声が聞こえた。



「残念だったな鴨川、『ご挨拶』が来たぞ」

「…はい?」




「「「きゃあああ!」」」



突然会場に大声が響いた。




え!?

この会場に怪しい縁はなかったのに?

悲鳴?というより…黄色い声、みたいだったけれど…。


慌てて声の方向へ振り返った私は―――――言葉を失った。




「あれは…!」

「パーティが始まったばかりなのに、もう第5会場へ?」



それは3人の男女が会場に入ってきたことによるものだった。

全員がなびかせるのは真っ白な髪。

恐ろしく整った顔。

縁の1本1本がキラキラキラキラと、私だけの目に刺さる。痛い。


そんな派手な特徴を持つ人たちといったら、1つしか浮かばない。



「早かったな、『雪園家』」



顔は見えなくともわかる。

花王院局長はニヤリと笑っていた。





「まあ、蛍都けいと様がいらっしゃるわ!?」

「今日もなんて美しいの…」



私は人々が一斉に1ヵ所へ集まっていくのを目の当たりにした。

ものすごい吸引力である。

タイムセールでも始まったのか。

思わず呟くと、今関さんの噴き出す声が聞こえた。



「蛍都様!ご機嫌麗しゅう」

「こんばんは」

「今日は一段と素敵なお召し物ですわ!新調されたのではなくて?」

「ええ、いつもより明るい色にしてみたのですが…いかがでしょうか?」

「素晴らしくお似合いですわ!!」



きゃあきゃあと、お嬢様方…にご婦人方も混ざっているけど、女性に囲まれているのは特殊情報管理室の室長、雪園 蛍都けいと

予想通りの人気っぷりに、私は呆れかえっている。



「見ろ…あれって、柚那ゆずな様じゃないか!?」



ところ変わって男性陣が注目するのは、別の人間だった。

その声の先に目を向けると――氷漬けにでもされてしまったように、固まってしまった。



それは雪のような白く長い髪を持つ女性だった。



癖のないまっすぐな髪は1つにまとめられ、大ぶりの金のかんざしから飾りが揺れる。

遠くからでもわかる大きな瞳は明るい青色。

身体のラインに沿った瞳と同じ色のドレスの胸元と腕には、細かな刺繍がされていて、明らかに市販のものではない美しさを放っている。

その表情は同じ人とは思えないほど、まさに花が咲くような可愛らしい笑顔を振りまいていた。



雪園ゆきぞの 柚那ゆずな…」



雪園 蛍都の妹で、類い稀な符術の力と技術を持ちながら、その美貌で人々に愛されているという才色兼備の雪園家の姫。

数十年ぶりに見たその顔から、ようやく氷を解かすことのできた私はそっと目を逸らした。



「今のうちに好きなだけ逸らしておけ、吉川」



私の動きをしっかり見ていたらしい。

こちらを見る局長はやっぱりニヤリと笑っていた。



「ほら、奴らが来るぞ。

 はっ!面白いほど一直線に、な」



視界にちらつき始めるのは、キラキラと目の痛い縁たち。

ちらりと佑様の方を見ると、彼と目が合った。


どうせ楽しそうに目元を歪めるんだろう。


そんな予感がしたのに、彼の瞳はどこか寂しげに細められただけだった。





「花王院局長、愚息がいつもお世話になっております」

「直接話すのは久方ぶりだな、雪園 真琴まこと殿」



ドキリ、と私の鼓動が大きく音を立てた。

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