菜子失踪中
「『雷鳴』が吉川を誘拐した?」
7係の執務室はいつもと違う空気が流れていた。
午前中に出掛けていった菜子さん以外のメンバーが揃う執務室で、今関さんの声が響く。
灯さんも僕も目を丸くして顔を上げると、その先には珍しい来客がいた。
2係のトップ 高ヶ埼係長
今関さんと同い年で、特に局内の評価が高い女性と聞いているけれど、これほど近くで見たのは初めてだった。
「ええ、先ほど部下より連絡があったわ」
抑揚のない冷たい声と切れ長の瞳が印象的なこの人は、あの四野見塚を能力を買って入局させた張本人だと噂で聞いた。
「喫茶店『ライトス』にて戦闘を確認、部下が目撃した時には既に吉川は負傷し気を失っていたそうよ」
「負傷…」
今関さんはつぶやくと顎に手を置いて考え込む。
異常事態を淡々と告げる高ヶ埼係長は頭を振ってため息をついた。
「関係性は良好と聞いてはいたけれど…やはり『雷鳴』らしい狡猾なやり口よ。
2係はこれから『ライトス』に向かいメンバーを捕縛、行方を吐かせるわ」
丁度僕の隣で同じディスプレイを見ていた灯さんが立ち上がった。
一生懸命口を出さないようにしているんだろう、握った拳を震えさせている。
僕は灯さんの袖を強めに引っ張って座らせた。
「そこで、最近の吉川と『雷鳴』の瀬のやりとりについて教えてもらえる?」
「…メールの履歴の閲覧を許可するわ」
「ご協力感謝します」
「といっても、おそらくは大した情報は出てこないわよ」
「というと?」
静かな執務室に響く声。
部屋の温度が下がった気がした。
ぴりりと痛いくらいの空気は周りを黙らせる圧になって僕らを襲ってくる。
ただ、今関さんだけがいつもと変わらない態度で高ヶ埼係長と対峙していた。
「今日吉川が瀬くんと会うことになったのは数か月ぶりだし、吉川の方から久々に話そうかーっていう単純な理由で連絡をとったから、大したやりとりはしていないはずよ」
「…そう、使えないわね」
「テッメェ今何て」
「灯さん」
「もごもご」
僕はついに口を出しそうになった灯さんを無理矢理押しとどめた。
首を振ってダメですと伝えると、灯さんはとても不服そうに黙ってくれた。
「ともかく報告はした。今回の件は私たちに任せてもらうわ」
「巻き込まれているのはウチのメンバーよ、協力くらいはさせてもらえないかしら」
「却下よ。あなたたちの助力はいらない」
「救出部隊に混ぜて頂戴。それか吉川の救出を優先することを約束して」
「却下ね」
…却下?
同じ局員が人質になっているのに、救出を却下?
僕は耳を疑って思わず灯さんと目を合わせた。
「…それは、どういうことかしら?」
今関さんが今まで聞いたことのないような低い声で高ヶ埼係長に迫る。
そんな圧をものともせず、この係長は言い放った。
「いつ
―――――――――――――――――――――
「あああああああああああああああああ!!!もう!!!」
高ヶ埼係長が執務室を出て言って、ギリギリ30秒。
灯さんが耐えきれないとばかりに叫び声を上げた。
「あいつマジでムカつくんですけど!!今関ちゃんっっ」
「今関さんっ本当にこのまま2係に任せてしまうんですかっ!?」
煮えたぎる思いのまま僕も今関さんに詰め寄る。
「僕らでも調べましょうよ!瀬さんに事情を聞いてみましょう!
一緒にいたはずですから!」
「おしっ行くぞカケル!黙って菜子っちを見捨てるわけにはいかねーよ!」
「落ち着きなさい、2人とも」
「今関ちゃん!!止めんな!」
「いったん考えましょう。今何をしても状況は良くならないわ」
「でも今動かない方が良い状況にはならねーだろ!」
出ていこうとする灯さんの腕を掴んで止める今関さん。
その2人の押し問答は一瞬にして終わった。
「…灯ちゃん…!」
「な、やっちゃん…!」
扉の前には埜々子さんが立ち、前髪の間から片目が灯さんをまっすぐ見据えていた。
滅多に見えない青い綺麗な瞳がきらりと光り、見つめられた灯さんはぴたりと体を止める。
珍しく強い意志を感じて、僕も上着を着ようとした手が止まった。
「…落ち着いて…今関ちゃんは…『見捨てる』なんて言ってないわ…」
「…でも…」
「…高ヶ埼さんに反論しなかったのは、わざとでしょう、今関ちゃん…」
「え?」
視線を一気に集めた今関さんは、灯さんの腕を離して微笑んだ。
「そうよ。菜子ちゃんを見捨てるわけないじゃない」
そう言って、さっきと同じように顎に手を触れて考え込む。
「…ひっかかるのよ」
「は?ひっかかるって、何が?」
「うーん、具体的なことは言えないのだけれど…」
微妙な沈黙が流れる。
ほんの少しして、今関さんは、ぱん、と手を叩いた。
「少し待ちましょう」
「はぁ!?」
「確かに私は『見捨てる』なんて言ってないわ。
でも、それは菜子ちゃんも同じでしょう?」
「どういうことですか?」
「あの子のことだもの。きっと自分を『見捨て』たりしないわ。
つまり、そう簡単に諦める子じゃない。
少し、あの子を信じて様子を伺いましょう」
なんだかピンとこないけれど、この係長の言うことに意味がなかったことはない。
埜々子さんに背中を押されて、僕らはソファに座らされた。
…菜子さん、無事だろうか。
心配だけが心に残った。
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