第13話 相違する『価値』と命の天秤

目覚めた地下牢

ぐわん。


視界は真っ暗だけど確かに感じるめまい。

瞼を閉じたまま意識の浮上を感じた私は、疲労の残る朝のように体が重すぎて動けない感覚に陥っていた。



「……!」

「……わ、さん…」

「よし………!」



「おい!吉川!!起きろ!!」



耳をつんざくような大声。

私の全身を貫いていったようなその大きな声は、自分の目蓋を無理矢理開けさせるのには十分すぎるほどだった。



「吉川さん!」

「やっと起きたかよ!吉川!」



「……悠馬くんに……瀬くん……?」



目の前にはなぜか心配そうな顔が2つもあった。

意識がはっきりしてきて、ようやく『雷鳴』の瀬くんと悠馬くんであることがわかる。


なんで?数か月会っていなかったはずだけど…。

2人の顔に、私は激しく混乱する。



…私、もしかして、ただ眠っていたんじゃない…?





ふらつきながら起き上がると、瀬くんが背中に手を出して支えてくれた。

お礼を言うと、いえ…と元気のない声が返ってくる。

なんとなく周りを見渡した私は、異様な空気を察した。



6畳ほどの狭い部屋。

コンクリートうちっぱなしの壁、床、天井は少し汚れていて、あまり人が行き来していない古びたところであることがわかる。

近くには小さな机やパイプ椅子が数個並んでおり、それ以外には鉄でできたような重そうな扉が1つ。

灯はぶら下がっている裸電球のみ。




どうやら私は、何かに巻き込まれたらしい。




「悠馬くん、ここは…?」

「わかんねぇ。俺達もお前と一緒に転送されてきたからな。

 廃棄区画のどこかだと思うけどよ…」

「転送…?」

「あ?お前もしかして忘れてんのか?」



頭を触る。

なんだか痛くて顔を歪めると、悠馬くんはチッと舌打ちをした。



「あんだけ派手にやられちゃあな…。

 俺たちは巻き込まれたんだよ、奴らにな」

「奴ら…?」



よく見ると悠馬くんの青いGジャンはところどころ汚れていた。

まるで襲撃でも受けたかのようなボロボロさに、私は違和感を覚える。

瀬くんはそこまで汚れていないけれど、皺の多さになんとなく激しく動いたように見えた。



うーん、これはちゃんと本気で思い出した方が良いみたいだ。



「ごめんね、ちょっと記憶が混乱していて…」

「え!?吉川さん、僕らのことは覚えてますか?!」

「うん、それは大丈夫。今日のことがあんまり思い出せなくて…」



そんな…と蒼白な顔をする瀬くん。

だいじょうぶと笑いかけるけど安心してはもらえなかった。

頭を乱暴にかいた悠馬くんは、私の隣に胡坐をかいて座りなおす。

そして、じっとこちらを見つめて口を開いた。



「今日、あんたは瀬に会いに来た。『定期訪問』って言ってな」



定期訪問か、確かにしばらく会っていなかったからありえる。

と思っていると、確かに執務室を出た記憶が脳裏をよぎっていった。



「『ライトス』で店番してた俺と瀬と3人で話してた。ほかに客もいなかったしな」

「ああ…そういえばそうだったかも…」



前回と同じく健康診断の話をしたり、どんな『縁』が見えるかという話題で瀬くんと盛り上がった気がする。

瀬くんは貴重な『縁視』仲間だから、楽しかったのを思い出す。



…あれ。

あれ?



「待って…その後って確か…あれ?」

「! 思い出しましたか!?」



飛んでいく花瓶。

汚れていくお気に入りの店内装飾。




私の体が、心ごと冷えていくのを感じた。

頭を抱えて、思い出した景色を何度も繰り返す。




「いったい、どういうこと…?

 なんで、どうして…」



「そんなのこっちが聞きてぇよ」



悠馬くんの声はイライラよりも戸惑いだった。




「なんでこんなことになっちまったんだよ、俺達は」



小さなつぶやきは、この冷たい部屋にこだまする。

私も瀬くんも、何も言えずお互いの顔を見合わせた。





これは、これはまずいことになった。


ようやく事の重大さに気づいた私を嘲笑うように、机から落ちたネジの金属音が部屋中に鳴り響いていった。

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