運命の火
「佳奈美ちゃん、目玉焼きは半熟がいいかな~?」
「うん!」
翌日の朝、俺は眠気を感じながらリビングに出ると、桾沢の妹と母さんたちがいた。
昨日の晩だけで打ち解けたのか、2人とも楽しそうにしている。
「…はよ」
「…おはよ」
けれど、後ろからやってきた桾沢の表情は暗かった。
俺は何も言葉をかけてやれなくて、とりあえず背中を叩いてみた。
「いって!てめえなあ」
「うるさい、さっさと食べるぞ」
「龍輝くん、おはよう!
伸太朗も休むからってゆっくり食べるなよ~」
父さんの声がして、俺たちはさっさと席に着いた。
今日は桾沢兄妹も俺も学校を休むことにした。
学校に行けと母さんには言われたけど、帰ったらすべて終わっていたなんて許せない。
ばあちゃんが味方してくれたおかげで、俺の希望は叶った。
「佳奈美ちゃん、見て見て~タコさんウィンナー作ってみたの」
「わあ!すごい!」
「まあすごいわねえ、足がくるんってなっているわ」
女性陣は固まって楽しそうだ。
桾沢はむすっとしているが、文句も言わず佳奈美ちゃんの姿をずっと見ていた。
―――――――――――――――――――――
姉貴は12時前に家に来た。
ただいまーといつも通りの声が家に響き、母さんが返事をして玄関へ消えてく。
キッチン前のダイニングテーブルの椅子に座ったままリビングの中央に顔を向けると、緊張した面持ちで桾沢兄妹が正座していた。
佳奈美ちゃんはともかく、桾沢は姉貴が来るって言われたときから顔が強張っていたし、仕方ない。
やがてリビングの扉を開けると、白い服を着た2人組が入ってきた。
いつもの姉貴と、キツいピンク髪の女の人。
瞼をキラキラした青に染めたその視線は、まっすぐ俺を見た。
「お!菜子っち、この子が弟??」
「うん、そうだよ。伸太朗だよ」
え、何こいつ。
「ほー!お前が伸太朗か!
あたしは灯、よろしくな弟!」
「え、あ…はい、よろしくお願いします」
女性にしては背が高いせいで、妙な威圧感がある。
そんな俺を見て姉貴はその後ろでくすくす笑っていた。
「さて、君が桾沢くんかな?」
「………う、うす」
今度は俺がくすくす笑う番だった。
桾沢が睨んでくるが、さっきの圧に比べればどうということはなかった。
―――――――――――――――――
「昨日は大変だったね」
2人はそれぞれ自己紹介をした後、仕事を始めた。
姉貴はいつも通りの柔らかい声で桾沢と佳奈美ちゃんに質問をしていく。
学校は毎日行っているか。
家ではどんなご飯を食べているか。
好きな教科は何か。
そして、
夢で火は見るか。
前にも手から火が出たことはあるか。
火は、好きか。
特に最後の質問に戸惑うことなくこくりと頷いた佳奈美ちゃんには意外だった。
「…うん、そっか。答えてくれてありがとう」
俺はずっと黙ってやり取りを聞いていた。
姉貴は俺に背を向けたまま、お茶を一口飲む。
隣の…灯さん?はがさごそと小さなバックを漁りだし、
変な文字が書かれた紙を取り出した。
お札くらいの大きさで、文字を崩しすぎて読めないような何かが書かれている。
それでも紙自体はコピー用紙のようにペラペラで、会話を通して少しリラックスした兄妹は興味津々にその紙を眺めた。
「最後に、『符術』のチェックをします」
「『符術』?ってなんだよ?」
「符術とは!」
ずっと黙って会話を聞いていたピンク髪の人がやっと声を上げた。
「ようするに、『魔法』のこと!」
「はあ!?」
「最後まで聞く!」
「はあ…」
桾沢の声をぴしゃりと制止した。
勢いはピンクの方が上だった。
「実はこの世には魔法が使える人間がいる!
だけどフツーの人と暮らすには危険だからな、『特殊治安局』で管理してんのさ!」
あたしたちはその局員、政府の役人っつーこと!
ピンクは高らかに言い放ったが、返ってきたのは戸惑いの沈黙だった。
「佳奈美っつったよな?お前も手から火が出たろ?」
「う、うん」
「兄ちゃんの方も昨日燃えたばっか、そうだよな?」
「お、おう」
「それはお前らが『魔法』を使えるからじゃねーかと思ってるワケ。
その紙、握ってみな」
兄妹は同じ表情で姉貴を見た。
おそらく姉貴は笑って頷いたんだろう。
少し経って、2人は恐る恐る紙を手に取った。
「…ビンゴ!」
ピンクがぱちぱちと手を叩く。
俺は信じられない気持ちでその光景を見ていた。
燃えている、紙が。
兄妹の握った手の中で。
なのに当人たちは熱くないのか紙を放り投げず、じっと火を見つめていた。
「な、なんだよこれ」
「君たちが見た炎は、この炎ね?」
「そ、そうだけど…よ…」
「この紙はな!握ったヤツが符術を使える場合、得意な属性が発現するように作ってんだよ!
紙が燃えた、つまりお前らは『火の魔法』を使えるってワケ!」
「これが…魔法?」
佳奈美ちゃんは食い入るように炎を見つめていた。
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