助けを呼ぶ勇気と答える心
「あねき」
『どうしたの?伸太朗から電話なんて珍しいね』
みんなで鍋をつついた後。
桾沢兄妹を母さんとばあちゃんに任せ、俺はベランダに出て携帯を耳に当てていた。
電話口からは姉貴が少しうれしそうな声で話しかけてくる。
「…うん、夜にごめん」
『ううん、大丈夫。何かあったの?』
「そう。…その、友達が」
今日起きた出来事を姉貴に話す。
途中から物音を立てながら、姉貴は最後まで黙って耳を傾けてくれた。
「2人とも家に泊めてるんだ。今日帰るのは危険だし、もしまた火が出たらばあちゃんが何とかしてくれるって」
『なるほどね』
「俺、どうすればいい?」
そうだね、と姉貴は少し時間をおいて、俺に明るい声を届けた。
『明日、他の局員とそっちに行くよ。本人たちに事情を聞いてみる』
「なあ、どうなるんだあの2人?もし本当に符術の力だったら…」
俺は生まれた後に符術の力に目覚めた人たちが、どうなるか詳しく知らない。
唯一知っているとすれば姉貴くらいだ。
どこかに収容されるのか?もう、普通の暮らしはできないのか?
『大丈夫だよ』
姉貴は不安を吹き飛ばすように断言した。
『悪いことにはならない。大丈夫』
「…本当だよな?」
『本当、本当』
ふふふ、と姉貴の笑い声が聞こえた。
こっちは本気で心配してんのに、なんだよ。
『ごめん、伸太朗がそこまで気にするなんて珍しいと思って』
「そりゃそうだろ、別に仲いいわけじゃねえけど、こっちじゃ符術使える人間は生きていけないんだぞ」
これ以上あいつらが辛い思いをして生きるなんて理不尽だろ。
怒鳴りそうになる声を抑えたのが伝わったのか、ごめん、と姉貴はもう一度言った。
『そういう人たちを助けるために私たちがいるんだよ。だから後は任せて』
「…」
『だってお祖母ちゃんが言ったんでしょ?なんてことないわよ、って』
「…そうだけど」
『だから、なんてことなく済むよ、きっと』
「そうかよ」
『ああ、もし』
続きを促すために沈黙を返すと、一呼吸おいて声が聞こえた。
『もし本当にその子たちが符術の力を持っているのなら…念のため、お別れの準備はしておいた方がいいかもね』
「…!」
『おばあちゃんにも明日行くからって伝えておいてくれる?多分お昼前になると思うって』
「…わかった」
『伸太朗』
久々に聞いた俺の名前は変わらず暖かいものだった。
『なるべく2人と一緒にいてあげてね』
「…わかった」
電話を切って、空を見上げる。
澄み切っていて、星が瞬く綺麗な空だった。
明日、あいつらの運命が決まる。
自分のことじゃないのに、心臓がバクバクとうるさい音を立てた。
―――――――――――――――――――
「…おい」
そのままベランダでぼーっとしてどのくらい経ったんだろう。
自分の家で聞くには違和感のある声に、俺は振り返った。
気まずそうな顔をした桾沢が、窓から体を出してこちらを見ていた。
「桾沢」
「風呂、もらった」
「おう、…そっか」
会話が続かない。
俺はどうにも気まずくて、また空を見上げた。
寒いはずなのに、なんだか寒さを感じない。
じゃり、と音がして隣を見ると、桾沢が俺と同じようにベランダに出て空を見上げていた。
いつも立たせている髪がぺしゃりと潰れて、幼く見える。
こいつも同い年なんだよなあなんてふと思った。
「なんで」
桾沢が言葉を切って、続けた。
「なんで俺の家に来たんだよ」
「…なんとなく」
「はあ?なんとなく?」
「なんとなく、お前をそのままにしておくのはまずいと思った」
「…はあ?」
意味わっかんねえ、と髪をくしゃくしゃとかき乱す音が聞こえる。
「感、ってやつ」
「ますます意味わかんねえ」
「俺もわかんねえよ。でも、よかっただろ」
「よかった?」
「俺が来なかったら、お前の妹に何かあったかもしれないだろ」
「…それは…そうだけどよ…」
ちらりと桾沢を見てみると、しっくりこないと不満な顔だった。
ため息をついて、もう一度星空を見上げる。
『冬空の星は好きだよ、澄んでいて、遠くまで見えて、
なんだかどこまでも行けそうな気持ちになるんだ』
今日はやたらと姉貴のことを思い出すな。
「あの…な、」
「ん?」
「その…」
隣でクラスメイトがもごもごと言っている。
お前は優希か。
それがなんだか面白くて、はっきり言えよ、というとうるせえよと怒られた。
「あーっ!もういい!俺は寝る!」
「…ふっ」
「んだよお前!」
「別に、寝ようぜ」
そそくさと部屋に入ろうとすると追いかけてくる影。
いつの間にか外の冷たい空気に体が震えていた。
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