その手を受け取ってくれるなら
「まあ!?」
桾沢兄妹の父親を撒くことができたと気づいたのは、俺の家に着いて玄関のベルを必死に押したときだった。
何事かと扉を開けた母さんが、驚きの声を上げて俺達を見る。
髪も服も息も乱す自分の子供と、靴も履かずところどころ服を焦がした高校生と小さな女の子の図を見せられれば、それも納得の話で。
あっという間に俺達は家に入れらえて、詳しく尋問された。
「まあまあまあ…何てこと」
虐待されていたこと。
突然手から火が出てしまったこと。
そして過去の火事は、佳奈美ちゃんが生み出した火によるものだったこと。
すべての話を聞いたばあちゃんは、困った顔をして桾沢兄妹を見た。
「俺達…どうなったんスか?何があったんスか?」
靴下のまま走ったせいで手当てされた足をさすりながら、桾沢は小さな声で言った。
佳奈美ちゃんは不安そうな顔で俯いている。
ばあちゃんは、ほほほ、と朗らかに笑って見せた。
「なんてことないわよ、ただ少し、あなたたちに『特別な力』があっただけ」
「特別な力…?」
「本当に、なんてことないのよ」
こういうときのばあちゃんは本当にすごい。
同じく不安な顔をした母さんや父さんにはできない芸当だ。
「さあ、今日はうちに泊まりなさい」
「え?でも」
「いいから、泊まりなさい」
「母さん!そういえば今日のお鍋は結構残ってなかったかな?」
「…ああ!そうね!」
すぐに温めましょう!と立ち上がった母さんはすぐにキッチンへ消えた。
「なあ、吉川」
「ん?」
あれからばあちゃんは何を聞いても『なんてことない』『今日は泊まれ』を繰り返した。
桾沢は最終的に困ったのか俺に話しかけてくる。
俺は先に断っておくことにした。
「言っとくけど俺はよく知らないからな」
「はあ!?お前、俺を信じろとか言っておいて!?」
「…おにいちゃん?」
佳奈美ちゃんがいよいよ泣きそうな顔でこちらを見てきた。
…やば。
「よ、よく知らないけど、大丈夫だって」
「はあ?」
「よく知らないけど、ばあちゃんの言葉は信じていい。それは保証する」
「…何だそれ」
「俺ん家さ、前は『そういうヤツ』がたくさんいたんだってさ。
『特殊な力』ってやつ?だからばあちゃんの言葉は信じていい」
「…」
しばらく捕まりそうだな、と予感したその時、母さんが俺を呼んだ。
「もうちょっとかかるから、あんたはお風呂入ってきなさいー」
「わかった」
「え、ちょ、吉川、逃げる気か」
「じゃ、行ってくるんでごゆっくり」
「おいてめえ!」
風呂から戻ってくる頃には、既に鍋は出来上がっていた。
―――――――――――――――――
「…なんで母さんたちも食べんの?」
「え、あーいやー…夜中は小腹が空くじゃない?」
明らかに残り物感のないぎゅうぎゅうに詰まった鍋を見て、母さんと父さんに視線を移すと、2人は目を合わせなかった。
確かにもう深夜だ。
夜ご飯には遅い時間帯だけど、俺たち家族は桾沢兄妹と共に鍋をつつき始めた。
「お腹空いたでしょ~佳奈美ちゃん、何がほしい?」
「えっと…」
返答に困っている佳奈美ちゃんに、母さんは笑った。
「じゃあ、おばちゃんがお肉入れてあげるね~。ほうれん草は苦いかな?」
「にがい…」
「じゃあ、お豆腐にしておこっか!」
「佳奈美、火傷するなよ?」
「龍輝くんには野菜山盛りよ~」
「うげ」
「ちゃんと食べろよ桾沢」
「そういう伸太朗も野菜山盛りよ」
「え」
肉ばっかり食べるんじゃありません。
嫌そうな俺の顔が面白かったのか、父さんは大声で笑う。
ふうふうと具材に風を当てて、佳奈美ちゃんは恐る恐る野菜を頬張った。
「美味しい?」
ばあちゃんがもぐもぐと口を動かす佳奈美ちゃんに声をかける。
その返事は――――目からこぼれる雫だった。
「え!?おいしくなかった!?」
動揺する母さんと父さんと、内心で焦る俺。
桾沢は目を見開いたまま固まっていた。
「ううん、ちがうの」
ふるふると力なく首を振る。
それでも涙は止まらず、ひっくと声を上げた。
「あたたかくて、おいしいの。
すごく、おいしい…」
母親を亡くし、愛のない父親と囲む食卓が暖かいものではないはずで。
味以上のものを感じたんだと俺は気づいた。
「…おい、佳奈美!」
ようやく声を出した桾沢は、突然がつがつと取り分けられた具材を食べ始める。
全員が手を止める中、この同級生はすぐに空にした器を前に出して言った。
「たくさん食べねえと俺がぜーんぶ食っちまうぞ!
おばさん!お代わりくれ!」
「…ええ、ええ!わかったわ~龍輝くん、たんとお食べ!」
「おうよ!こいつの分もくれ!」
「おい!俺の分は残せよ!」
「うん…!わかった…!」
佳奈美ちゃんは初めて見せてくれた笑顔は、とても可愛らしかった。
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