いつかここに。
「吉川さんはすごいですね、普通『縁視』の方はここになんて来られません」
全員に花を渡し終わると、私は伊理塚さんとナースステーションでお茶をしていた。
3~4人がそれぞれの仕事をこなしている。
「せめて私だけでもお見舞いに来なければと思っているんです。
それに、私がいつかここに入院したら伊理塚さんにお世話になるのだから、事前に顔を出しておかないと」
「そんな縁起の悪いこと言わなくても…吉川さんならしばらく大丈夫よ」
くすくす、と冗談を言って笑う。
入院患者と看護師たちの間には冗談どころか会話はまずない。
私も入院することがあれば、彼女たちと会話することはないんだろう。
それならばせめて今はたくさん話しておきたい、なんて、後ろ向きなことを考えている。
「そういえば第2部屋のみすずちゃん、随分髪が伸びてましたね」
「そうなの」
伊理塚さんはにこにこと笑う。
「もう14歳になったでしょ、まだ一度も切ってなかったからそろそろ切ろうかと思っているの」
どの髪形がいいと思う?とどこからかヘアスタイルカタログがでてきた。
表紙を斜め読みするに、最近はショートヘアが人気らしい。
私は悩みながらもショートボブを選んでみた。
「ああ、いいわね。顔が小さいからとっても似合いそう」
周りの看護師たちは確かにとそれぞれの作業をしながら同意した。
本当は、両親や本人と家で楽しく会話する家族の会話だ。
そう思うとなんだか寂しくなってしまった。
「…ねえ、吉川さん」
看護師は一瞬の感情の動きもわかってしまうのかな。
伊理塚さんは私の目を見て優しい顔をした。
「私たちね、もし吉川さんがここに入院したら、いつもと同じように接しようと思っているの」
「いつもと?」
「そうよ」
伊理塚さんは目を逸らして、それぞれの病室の扉を眺める。
「ここの患者さんたちは、みんな眠ったまま来るでしょう?だから、どんな人でどんなことが好きで、どんな人生を送ってきたかわからない。
でも吉川さんは時々ここへ来て、私たちといろいろな話をしてきたでしょう?」
その言葉に頷く。
気づいたら周りの看護師たちがこちらを暖かく見守っていた。
「あなたは私たちの笑顔が好きだから、たとえあなたの目や耳に届かなくたって、笑っていようと思うの。
目覚めた時最初に見る景色が、私たちの笑顔であってほしいから」
「伊理塚さん…」
本当は来ないことが一番だけどね、と伊理塚さんは言う。
心にじんわりと暖かさが広がった。
「…私、本当に安心してここに来れます」
私はどうやら、『縁視』のくせに暖かい人々に囲まれているらしい。
それからも、看護師さんたちと雑談しながらお茶の追加をもらってほっこりしていた。
不気味なくらいの空間だけど、陽だまりのように暖かいし、もうちょっとここに…
なんて想いは、たった一言で泡となって消えていった。
「ちょっと!室長の入室許可申請が来たわよ!?」
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