えにしみのまつろ。

『神隠し』と呼ばれる事象がある。


その名の通り、カミサマとやらに連れていかれてしまうことであったり、人が行方不明になったときに使われる表現だったりする。



『縁視』が他の特殊能力よりも差別されているのは、『神隠し』に遭うから、

というのが1つの理由だった。


『縁視』は基本的に老衰や病など、他の人々と同じようにこの世を去ることはない。

大抵は『神隠し』に会い突然いなくなる。


瀬くんやオルトから色とりどりの縁が視えたように、『縁視』はいろいろなものと『縁』をつなげてしまう体質が原因なのでは、と言われているが実際は不明。

いつ死ぬかわからない大病と扱われ、少しでも『神隠し』から逃れようと『縁視』専用の療養施設があるくらいだ。


この病棟にいるのは、体を残して『神隠し』に遭い消えていった人たち。

突然眠りにつき、目覚めなくなった。

そして、この病院に引き取られ、家族たちは死んだと思い込み、残された身体を見舞うことはない…。




私は別の部屋へ移動し、1輪ずつ見舞いの花を渡して回った。

みんな一様に穏やかに眠り、無言で来訪者を受け入れていた。



最後の部屋へ入ると、カーテンが開けられているところがあった。

もしかして、誰か…?


慌てて向かうと、そこは空のベッドだった。


ひゅ、と息が出た。

ここには確か、確か。



「見沼さんなら、先日亡くなられましたよ」

「っ!!?」



ばっと振り向くと、看護師の女性—――伊理塚さんが驚いた顔をしてこちらを見ていた。



「伊理塚さんでしたか…驚いてしまってすみません」

「いえいえ!私こそすみませんでした」



伊理塚さんは私が通うようになってからずっとこの病棟を担当している方。

いつも通り患者の様子を見に来ていたんだろう。

それとも、私が来ていることを知って来てくれたのかもしれない。



「見沼さん…心臓発作だったんです」

「そうでしたか…」

「もともと体調が良くなくて、治療は続けていたのですが…」



持ち主がいない身体もしっかりと成長し、衰えていく。

そうやって少しずつ最期の時を待つのがこの病棟だ。


いなくなったベッドにかつての姿を思い浮かべて、私が自分の心臓のうるさい音を聞いた。

周りを舞っていた極彩色の蝶々は、空のベッドに留まって羽を休め始める。



「花を置いて良いでしょうか」



ベテランの看護師は微笑んで頷いてくれた。


せめて気持ちのこもった花の1つでも、棺桶に入れてあげたかったな。



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