第3話 癇癪お嬢様とカガミのお符

他係のおこぼれ仕事

特殊治安局 支援一課 7係は他の係と違って決められた担当のエリアはない。

東京都内が中心とはいえ、依頼があれば西へ東へ北へ南へ、どこでも行く。


実際、青森に行ったっきり帰ってこないメンバーがいる。

何をしているのかはよく知らない。

けれど、たまにお土産だけが顔を出してくるので、今日も私は灯ちゃんとのんびりそれをつまんでお茶をしていた。

りんごのフィナンシェ、今回もみんなでおいしくいただけそうだ。



「…で、頼まれてくれないか?」



執務室の端っこにある簡易な応接間。

そのソファには困った顔の今関係長がいた。

その反対側にいるのは、支援一課 4係の長瀬係長だ。



「……随分、困った案件のようですけど」



今関さんはタブレットで資料を見ながら言葉を選ぶ。

下の階にある4係の執務室から来たはずなのに、滴り落ちる汗をぬぐいながら長瀬課長はよく通る大きな声で説得しようとしていた。



「この通りだよ、今関君!」



随分軽い頭じゃん、とつぶやいた灯ちゃんの声が届いていないことを願う。



「ですが…有栖科ありすか家は代々特殊な符術を受け継ぐ歴史あるお家のはずです。あなたが前におっしゃっていた通り、わたしたちのような『ハイエナ』に任せてしまってよろしいのかしら?」

「ぐっ…!?」



なんで知ってるんだ、とでも言いたげに長瀬課長から玉のような汗が噴き出す。

嫌な空気が7係の執務室を漂った。


しばらくして、今関係長はため息をつく。



「はあ…。わかりました。この依頼、引き受けましょう」

「おお!やはり『何でも屋』の7係!頼もしいな!」



色よい返事を聞いたとたんに元気を取り戻し、長瀬係長は丸い体をぽよんと跳ねさせて立ち上がった。



「じゃあ、よろしく頼むよ!では!失礼する!!」



ここに居たくないとばかりにさっさと出て行ってしまった。

元の穏やかな空気に戻った執務室。

灯ちゃんはイライラして貧乏ゆすりをした。



「相変わらず面倒ごとばっか押し付けるクズデブ野郎め」

「灯さん、言い過ぎ」

「いいんだって!面と向かって言ってやりてーわ」


「まあまあいいじゃない!」



すくっと立ち上がって7係メンバーを見回す今関係長。

にっこりと笑い、タブレットを前に掲げた。



「暇よりましだわ。っということで…

 菜子ちゃん!カケルくん!お仕事の時間よ」



え。

私は3つめのりんごフィナンシェを取ろうとした手を引っ込めた。

ほぼ同じタイミングで天井から彼が姿を現す。



「はっ!」



茶色の跳ねた髪に女子顔負けのぱっちりな瞳。

男性が着用する白くて裾の長い軍服を揺らす彼は、7係のメンバー カケルくん。

私の後輩で、幼顔だけれどその表情は硬くなっていた。



「話は聞いていたわよね?現在進行形で事件発生中だから、すぐに行ってちょうだい。データは送っておいたわ」

「ありがとうございます。承知いたしました」



背筋をピンと伸ばしたまま、カケルくんは私に視線を向けた。

小さく頷くと、彼も同じように頷き返してくれる。



「よろしくお願いいたします。吉川先輩」

「うん、よろしく」



では、行って参ります。

丁寧に礼をしたカケルくんと私はすぐに執務室を出た。



―――――――――――――――――



その後、建物を出るまで、私たちの間に会話はなかった。

いつものことなので気にしてはいない。

そして、私はいつものようにじっとその時を待つ。



―――この少年もまた、灯ちゃんに負けず劣らず面白い子なんだよね。


私たちは守衛さんに挨拶をして暑い日差しの中に出た。

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