蹴鞠をつなぐ記憶の一片

人が笑う声。

子供がはしゃぐ音。

モノが倒れる音がして、大人たちのあー!という声が聞こえた。


目を開ける。

それは斉郷さいごう家で行われたパーティの記憶だった。


これは、さっき斉郷様が言っていた、蹴鞠がなくなった日かな。

今と姿が変わらない斉郷様の姿をダイニングで見つける。

大皿に乗った唐揚げやサラダを持って、会った時よりもずっと明るい、楽しそうな顔をしていた。



『こら!床がびしょびしょじゃない!』



母親かな。

飲み物を倒した女の子に怒っている。

周りの大人が協力して零したぶどうジュースを拭いていた。


にしても、子供が随分たくさんいるなあ。

開け放たれた窓の向こうには、4~5人の子供たちが庭を走り回っていた。


20人くらいのパーティと聞いたけど…半分は子供だったみたいだ。


あ、蹴鞠はどこにいるんだろう。

和室を振り返ると、白く薄汚れた蹴鞠が台座に収まっていた。



「うーん、ちゃんとある…」



このまま様子を見ていたら何かあるかな。

私の透明な体に何人も貫通されながら、しばらくその場に留まることにした。



――――――――――



10分ほどして、状況がかわった。

1人の男の子がふいに人々の輪の中から離れ、誰もない和室に入っていく。

4歳くらいかな、興味が湧いたのか古い品々を見て回っていく、

やがて男の子はじっと蹴鞠を見つめて動かなくなった。



「そんなに蹴鞠が気になるのかな…」



その表情はこちらからだと見られないけれど、右から左からあちこちの方向からじっと眺めている。

ふいに男の子は両手で蹴鞠を持ち上げた。


ぱたぱた…とそのまま持ち去っていく。

私はその後を追った。



庭に出て、遊ぶ子供たちを横切り、どこかへ向かって走っていく。

思ったより速い速度で、建物の角を曲がっていってしまった。

そういえば、この庭は家の全面を囲っていて、歩いて一周できるんだったっけ。

すぐに追いかけなきゃ。



男の子を追って角を曲がると、彼は立ち止まっていた。

目の前には池がある。

家の庭としては大きいその池には、鯉がエサをくれんとばかりに男の子に向かって口をパクパクしていた。


池に向いて、蹴鞠を持ったまま動かない男の子。



「ま、まさか…」



ぽちゃ


私の予想通り、男の子は無表情のまま蹴鞠を池へ放り投げた。


ばちゃ、ばちゃと鯉がエサと勘違いして一斉にかみつく。

だがすぐにエサじゃないと気づき、鯉たちは離れていった。

つなぎ目の隙間から水が入ったようで、蹴鞠は徐々に沈んでいく。



『ゆうくーん!』



彼の名前なんだろう、男の子は声の方向を見て、何事もなかったかのように走り去っていった。


目の前で沈んでいく蹴鞠。

今の私は仮想現実を使って記録を見ているような状態。

物に触れることはできないので、姿が見えなくなるまで見送ることしかできなかった。

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