第16話 迷わぬ未来を選びし迷い人
フシギな縁と不穏な依頼
最近、変な縁を見る。
モヤまとったフシギな縁。
すれ違った局員の手元からふわふわと繋がっているそれを見つけて、私はまたかと頭をかかえた。
その縁が視えるようになったのは、ほんの少し前、影王殿下の誕生日パーティーで視た毒入りワインがきっかけだった。
あのときは毒物を見るのが初めてだったから、縁に黒いモヤが視えてもそういうものだと思って違和感に気づくことはできなかった。
でも、あれから何度も見かけるようになってしまい、気になって仕方がない。
時には花壇の一輪に。(触ってみたけど普通の花だった)
時には書類の一枚に。(読んでみたけどいつもの灯ちゃんの始末書だった)
時にはまるまると太ったおじさんに。(よく見たら3係の長瀬係長だった)
最初は線の先を追いかけていたものの、そのモヤが徐々にどす黒い色になっていく。
なんとなく危険を感じて近寄らなくなって、もう1週間は経つ。
今ちょうど視た縁も、色は違えど気味の悪いモヤを纏ったものだった。
「吉川さん?」
「あ、」
声をかけられて、私の意識が現実へ戻った。
どうやら執務室の入り口の前で棒立ちになっていたみたいだ。
恥ずかしい。
声をかけてきた女性にくすくすと笑われて、私は逃げるように中へ入っていった。
ここは、特殊警察局 四課。
唯一私が出入りする他局の部署だ。
四課は少し異質な部隊だ。
まず、彼らの役割は『違法品の取り締まり』
薬物はもちろん、盗品などの犯罪に関わるモノの取引を行う組織を追い、押収するのが彼らの役目。
モノの記憶が必要になることも多いため、私のような縁視も捜査に活用する。
組織を追うために怪しい情報屋だって使う。
いろんな意味でどんな手段を取っても受け入れられる気風なので、お硬い警察局にしてはかなり柔軟な思考を持っている人たちが多い。
あと、もう1つ異質な点をあげるならば。
「吉川さん!よくきたな!今関さんは元気か!?」
「ええ、もちろんです」
ここは今関さんが7係に来る前に所属していた部署だった。
お偉いさん方の圧力で飛ばされた経緯があるにも関わらず、今関さんを慕う人がとても多い。
今もこっそりと彼女の膨大な知識と経験に頼ることがあるそうで、7係とも良好な関係を築いている。
どうやらこの部署には、彼女に心も身も救われた人が少なくないそうだ。
7係に来る前から、あの人はたくさんの人を助けては、あっけらかんとしているみたい。
さすがだ。
「今日も失せ物探しの件で呼ばれたんですか?」
「あ、いや……」
はてなを浮かべる女性に、私は苦笑いで答えた。
昨日、私は失せ物探しのお手伝いで来たばかりであることは間違いない。
闇オークションの開催現場を抑えたものの、回収目的だった『松島家の秘宝』と呼ばれる宝石が見つからなかったという。
それの行方を、押収できた別の宝石から縁を視てわからないか、ということで、視た。
……大変残念ながら、手がかりはなかったのだけれど。
松島家、つまり、
失せ物じゃない?じゃあなんで……。
そんな言葉を言おうとした女性の声は、私の背後から響いた声にかき消された。
「ふっふっふ……よくぞ……よくぞ来たな吉川殿!」
「耳田さん、お疲れ様です」
キツイ度が入っている丸メガネに、グレーの長髪は今日もボサボサ。
黒い制服ではなく薄汚れた白い白衣をくたびらせて身にまとっている姿を見れば、誰もが一瞬言葉を失う。
長身をぐぐっと丸めた彼は、四課の古株、
とても特徴的な人物だけれど、彼もまた、特殊能力を持つ人だ。
どんな能力かというと、
「臭う……臭うぞ……ぷんぷんとなあ!!」
「はあ」
「怪異だ……妖異だ……すぐそこにいるぞお……!」
『臭い』であらゆる術の気配を感じ取ることができる能力だ。
押収品は符術が施されていたり、違法品自体に呪いが仕込まれている場合もあるので取り扱いには危険が伴う。
誤って発動することがないよう、いわゆる『危険術探知担当』みたいな役目を持っているらしい。
わたしが来るたびにぷんぷんすると言って、ちょっと嬉しそうにしている。
「あ!すみません耳田さん!マンドラゴラの死骸……まだ片付けてなくて」
「何ぃ!?早く処分するが良い!あれは周りのモノを腐らせる呪いが組み込まれているんだぞ!」
「すみません今すぐー!!」
「こほん、で、だな。吉川殿」
「は、はあ」
くるりと振り返った耳田さんは、爽やかににっこりと笑った。
さっきの怪しい言動とのギャップは何だったのか。
くしゃりと目じりの皺を深くするその顔は、実は結構ハンサムだったりするのでどきっとしてしまう。
「とある事件を追っていた時に怪異の臭いがする『家』を見つけましてね。
半年ほど前に事件があったようですが、犯人は逮捕されたからと捜査が終了してしまったようなのです」
「怪異、ですか」
「この前ふらりと気が向いて寄ってみたところ、酷い臭いがしたもので。
7係に調査を引き継ぎたいのですよ」
わかりました。
犯罪が絡んでいなければ特殊治安局の対応範囲だ。
2つ返事で了承すると、耳田さんは大声を上げた。
「新人ー!!資料もってこーい!早くしろ!!」
「は、はい……!」
ドタバタといろんなところに物がぶつかる音が聞こえた。
小柄な私には見えないが、何かが迫ってきている気がする。
耳田さんの腕の隙間を覗いてみると、大きめの箱を持ってこちらに駆けてくる若い男性が見えた。
ふいに、彼と床に縁が繋がれたと思ったら、深紅に変わる。
あ、と手を伸ばしたが時すでに遅し。
派手な音を立てて、彼は転びながら書類をぶちまけた。
あーー!と叫ぶ女性の声。
野太い笑い声が部屋中を響き渡り、耳を塞いでいく。
それをどこか遠く感じるほどに、私の視線は1ヶ所に集中してしまっていた。
誰も視えない、黒いモヤ。
ドライアイスが水の中に放り出されてしまったように広がる黒い煙は、箱のなかから勢いよく噴き出した。
それは風に煽られたかのうように、あっという間に1つの線にまとまっていく。
新たな縁はやがて1枚の写真と私を繋いだ。
「す、すみません!これが、今回7係のみなさんにお願いしたい案件なんです……!」
その写真を手に取れば、モヤはふわりと消えていった。
「……これは………」
「うわ……」
7係の執務室に戻った私は、早速箱の中身を皆に見せる。
それぞれ微妙な反応を見せるなか、灯ちゃんはめずらしく本気で困った顔をして、頭に手を置いた。
「ヤバくね?」
その写真は、木造の平屋の一室だった。
リビングと思われる部屋を収めており、生活感のある家具や洋服は突然時が止まったかのように放置されていた。
ドラマにありそうななんてことない部屋。
だが、
『承認』
『承認』
『承認』
『承認』
『承認』
『承認』
『承認』
『承認』
『承認』
『承認』
壁に、床に、食器に、窓に。
部屋中に『承認』の文字が書き込まれていた。
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