とある生徒の懐古談
「今年も楽しかったなー!」
辺りがすっかり暗くなった頃。
7係の執務室に戻ってきた私と灯ちゃんは、
メインディッシュは文化祭で買ってきた様々なお菓子だ。
埜々子さんが淹れた苦めの緑茶を片手に、私たちは話に花を咲かせていた。
「カケルくんのクラス、『イチゴのシロップがない』って連絡が来たときはびっくりしましたね」
私の言葉に、灯ちゃんはうんうんと頷いて執務室に残っていた北海道のご当地クッキーを口に入れた。
「今関さん、よく
「ええ、前に聞いたことがあったから」
私知りませんでしたよ、というと、今関さんは得意げに笑う。
「偶然よ。前に菜子ちゃんが出かけてるときに電話があってね。『数年試みていたイチゴがようやく収穫できそうだから、食べてみてほしい』って内容だったのよ」
「そうだったんですか…」
「ええ、その後『加工品の試食もお願いしたいからちょっと待ってて』って連絡があったの」
カケルくんのクラスで『イチゴのシロップ』が足りない事態になったのは、昨日の午後だった。
クラスメイトでいろいろ
校庭でナポリタンを売っていた農業サークルの
それを知っていた今関さんが、シロップを購入させてもらえるようにお願いして、無事に今日の出店に間に合ったのだ。
「今日、
「そーそ!全力でお礼言ってきた!」
「あら、ありがとう2人とも。この時期は忙しいから連絡つきにくいのよね」
「…さすがね…このイチゴ味…すっごくおいしい…」
今の今まで無言でパンケーキを食べていた
―――――――――――――――
「ほんっと、久々にせんせーに会ったなあ」
プチパーティが終わりに差し掛かり、片付けをしていると不意に灯ちゃんが口を開いた。
藤沼先生、だっけ。
教室で2人きりで話していたときの灯ちゃんの表情は、とても優しくて温かかった。
「会えてよかったですね。確か、今年で定年退職でしたっけ?」
「おう、そーなんだよ」
「じゃあ、来年からは私たちと一緒でお客さん側ですね」
「…そーだな」
灯ちゃんは少し間を置いて返事をする。
なんだかいつもと様子が違うような気がして、私はフォークをビニール袋に入れた手を止めた。
その向こう側ですっかり暗くなった空を、埜々子さんがカーテンで覆っていく。
灯ちゃんは少しだけ眉間に皺を寄せていた。
「どうしました?」
「……もう藤ぬーせんせ、いないのか…」
どうやら今になってようやく自覚したらしい。
藤沼先生と灯ちゃんの様子を思い出せば、とても仲が良かったのは明白だ。
悲しみもひとしおなんだろう。
なんだか声をかけたくなって、私は灯ちゃんの頭に手を伸ばした。
「おお?」
「藤沼先生、すごく嬉しそうだったね」
ぽんぽんと灯ちゃんのショッキングピンクの髪に手を乗せた。
根元まで綺麗に染められているその髪は、いつも3か月に1回くらいの頻度で自分で染めているのを知っている。
それに、今回だけ3か月を待たず、2日前に染め直したのも知っている。
そして、
「その色、初めて染めて藤沼先生に見せた時と同じ色だったりする?」
「え!?…は、はははは!!」
いつものピンクよりもほんの少し暗い色。
灯ちゃんはびっくりした後に、大声で笑いだした。
「すっげー菜子っち!ビンゴ!!
これさ、初めて染めた時のと同じメーカーと色に揃えてみた!!
なんでわかったん!?」
「ふふふ、色の見分けなんて『縁視』の得意分野だもん」
「すっげー!!」
綺麗に整えられたポニーテールは、この時間になってもしっかりと固まっている。
その頭を撫でると、灯ちゃんは気恥ずかしそうにもじもじとした。
「藤沼先生がいなくなるのは寂しいけれど、思い出はなくならないよ」
「…おう」
「校舎も残ってるし、連絡を取れば友達にも会える、もちろん藤沼先生にもね」
「…そーだな!」
本当に大切な場所なんだね、と私が言うと、灯ちゃんはにっこりと笑った。
その目じりには、確かに寂しさの証が輝いていた。
「あの学校は、あたしの故郷なんだ。
『結城 灯』ちゃんのホームってわけよ!」
「なるほどね~」
「って、菜子っち、いつまであたしの頭撫でてんの?」
「えーついつい、久々に年下の扱いをしてみようかと」
「ずりーぞ!菜子っち年上だけどあたしもやるーっ!」
「うわっ!」
灯ちゃんは勢いよくのしかかってくると、ソファの上に倒れた私の頭をぐしゃぐしゃに撫でてきた。
乱暴だけどくすぐったくて、私は笑い声をあげる。
「やったな灯ちゃん!仕返し!」
「ぎゃー!セットくずれるーっ!!」
「ふふ、楽しそうね」
「…片付け……終わらない……」
寒空の下。
それは温かい心を通わせる、懐古な回顧の話。
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