とある教師と生徒の邂逅

「おお!結城じゃないか!」



近寄ってくる白髪交じりの壮年の男性は、とても嬉しそうに片手をあげてこちらへやってきた。

おー!と応える灯ちゃんも嬉しそうに立ち上がる。


そうしてがっちりと握手した2人は、勧められるまま向かいの席に座った。



「よく来たなあ~!会うのは4~5年ぶりくらいか?」

「そうだなー!卒業してからなんやかんや会えてなかったもんなー!」



男性は顔のしわをくしゃりと曲げて笑顔を見せる。

確かに年季を感じるのに、なぜだかその笑顔は昔に戻ったような若々しいものに見える。

そういえば知らなかったよな?と灯ちゃんに聞かれたので素直に頷くと、紹介してくれた。



「この人は藤沼せんせ、ずっとあたしのクラスの担任で、今はカケルの担任なんだとよ!」

「へえ、そうでしたか!私は吉川と申します。灯さんの同僚です」

「こんにちは。吉川さん、ええと、吉川 菜子さんだったかな?」



ええ、そうです。と笑いかけると、やっぱりと藤沼先生は頷いた。



「あっれ、菜子っちって藤沼せんせと知り合い?」

「いや、話をするのは初めてです」

「えー??」

「吉川さんはちょっとした有名人だからね」

「え?!そうなん?あたしみたいにいろいろしちゃった?」



一体何をしてきたんだ、灯ちゃん…。

何となく想像はつくけども。

あはは!と大笑いする藤沼先生はとても懐かしそうに回顧かいこしているようだった。



「君はなあ、本当に苦労したよ」

「えへへーだろー?」

「褒めてないぞ?

 いいか、吉川さんは君と違って、から有名だったんだぞ」

「はあ?どゆこと?」



「お待たせしましたー!35ちゃんパンケーキでーす!」



巫女さんが紙コップに入ったパンケーキを持ってきてくれた。

出来立てのような温かさといい匂いは、お昼を食べていない私の胃に響く。

そのまま一口食べれば、シロップの甘酸っぱさが口いっぱいに広がった。

いきなりイチゴが当たった!おいしい!



「うっま~!これ今年1位いけんじゃね??」

「だろう!自信作だ!」


「あ、で?なんで菜子っち有名なの?」

「ん?ああ、それはだな」

「私が魔力を漏らして倒れなかったからだよ」



数秒して、え!?そういうこと!?と灯ちゃんが大声を上げた。

その反応にも藤沼先生はたまらずと言った様子で大笑いをする。



「『魔力制御』が壊死している子が通常の生徒と共に学校生活を送るなんて前代未聞だったからなあ~。魔力が漏れて命に危険が及ばないかみーんなヒヤヒヤしてたんだ!

 更に『縁視』も加わって、いつ何が起こるかわからなかったからなあ」

「…それが6年間、ほとんど何も起きなかったから逆に有名と、いうことですね…」

「そうだなあ」



なんだかあんまり嬉しくないけれども。

そんな思いとは裏腹に灯ちゃんは「菜子っちおもしろーっ」とくすくす笑った。



「どうですか?パンケーキ」



カケルくんが空いている最後の椅子に座ってきた。

おいしいと伝えると、それはそれは嬉しそうな顔をする。



「瀧澤!結城と吉川さんがシロップを持ってきてくれたおかげだ。声かけてくれてありがとうな」

「いや、僕は何も…今関さんのおかげです…」

「ああ、君と結城の上司の方だね」

「はい!」



藤沼先生の口から係長の名前が出てきて、カケルくんは顔を輝かせて返事をする。

あたしもだろ!?と灯ちゃんは不満な表情にころりと変えて、またカケルくんの頭をくしゃくしゃにする。

そんな教え子たちの姿を見て、藤沼先生は優しく穏やかな顔をしていた。


思えば新旧の問題児がこうしてじゃれあっているという珍しい光景。

それは彼の眼にどう映っているのだろうか。


私のはわからなかったけれど、目に映り続けるのはふわりと彼らを静かに包む緑色の縁たち。

人と人との暖かな関係。

少し、羨ましいと思った。



―――――――――――――――――――



「結城もそうだが、瀧澤も良い人々に恵まれたね」

「え?」



パンケーキをみんなで味わった後、藤沼先生は突然カケルくんに言った。

ペットボトルで水を飲みながら、私は黙って2人の会話を聞いている。



「実はね、瀧澤が7係に入局するって聞いたときは安心したんだ」

「そうなんですか?確か、僕と先生が会う前だったと思いますが…」

「ああ、そうだ。君の編入と私が担任で決定したときに聞いたんだよ」

「えー、褒めなくでもいーぜせんせー、あたしがいるからだろっ」

「はは!それもあるが」



ことり、と紙コップに入ったお茶をテーブルクロスの上に置いて、先生は変わらず笑っていた。



「あの結城をうまいことコントロールしている今関係長の手腕を聞けば、安心だろう!」

「えーーーーーー」

「はは!そんな顔をするな結城!」

「あはは、なるほど」

「菜子っち!?」

「ぶふっ」

「おいカケルてっめ!!」


「いだっいだだだだー!」



突然立ち上がった灯ちゃんは一瞬でカケルくんを捕らえた。

完全に油断していた彼はされるがまま頭グリグリの刑に処されている。


それを見てひとしきり笑った藤沼先生と私は、クラスメイトの子たちと一緒にほほえましい時間を過ごした。



―――――――――――――――――――



そろそろ学園祭も終盤になる頃。

戻って今関っちに戦利品を献上しないと、と思い立った菜子っちは、カケルと一緒にパンケーキを追加で買っていた。


その姿をあたしと藤沼先生は眺めて昔の話に花を咲かせている。



「せんせ、あたしね」

「おお、どうした」

「シロップがなくなったってカケルから聞いたとき、正直チャンスだって思ったんだ」

「チャンスか?」



言おうか言うまいか、しょーじき直前まで悩んでた。

でもここに来るまでに菜子っちが担当してる人たちや、源川のおっちゃんに会って、今まで生きてきた日々のことを思い返した。


立ち止まったとき、いつも誰かが背中を押してくれていた。

それを最初に教えてもらったのは、確かに目の前の藤沼先生だった。



「恩返しができるって、そう思ったっつーかさ…。

 『新しい自分』になってみてーなって思ったんだ」

「ほう、君はどんな『新しい自分』を手に入れたんだ?」

「へへ」



だいぶコソバユイ。

結構ハズカシイ。

シロップを渡すために、菜子っちが担当しているイチゴ農家に頼み込んだときもだいぶハズカシかったけど。



でも振ったのはあたしだし、ちゃんと言おう。





「『せんせーを助けるあたし』」



せんせーがあたしにそうしてくれたように。

あたしもせんせーにちょっとくらいできたら、なんてさ。



「もう、今年が最後のチャンスじゃん?」

「…結城、君、知ってたのか…」

「あったりまえだろ、その…恩師…なんだし」




「灯さーん、今関さんの分買えましたよー」



菜子っちがあたしを名前を呼んだ。

振り返ると、にっこりといつもの笑顔でこちらを見ている。

お、行くかー。とあたしは席を立ちあがった。



「菜子さん、はい」

「あ、持っててくれたんだ、ありがとう」



カケルが菜子っちに袋を渡す。

各教室に回って買ってきた食べ物がたくさんが詰まったその袋は、だいぶパンパンになっていた。



「結城!」



恩師があたしの名前が呼んだ。

もう一度振り返れば、あの時よりもちょっと老けた、でも昔と変わらないすごく優しい顔がいた。



「私は、教師を辞めてもお前の『先生』だからな」


「…おう!また会おうな!


 フジぬーせんせ!」




帰り道。

すっかり陽は街を赤く照らしていて。


何となく、フジぬーせんせに説教された後の帰り道も、こんな景色だったなーなんて、思い出した。

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