みねとひととき

「おいしかった~」



久々の母の味を堪能した私は、お風呂に入った後、縁側で足を伸ばして寛いでした。

隣には低い椅子に座って庭を眺めるおばあちゃん。

吉川 みね はこの吉川家最後の符術者。

特殊能力者は家を継げないので、亡くなってしまえば、吉川家は一般家庭の扱いとなる。



「菜子ちゃん、たくさん食べたねえ」



深い皺をくしゃりとして、にこにこと楽しそうなおばあちゃん。

でも、すぐに不安をにじませた表情に変わった。



「でも、少し疲れているみたいねぇ」

「…さすがだなあ、おばあちゃんは」



日々の仕事をこなし、局内の風当たりに耐え。

気づかぬうちにストレスや疲れは溜まる。

それを定期的に解消するために実家に帰ることはまあまああった。



「相変わらず、縁視の扱いはよくないのかい?」

「うん、7係としてもあまりいい扱いを受けないときもあるかな」

「そう。すこし力が弱まってるみたいだもの、疲れてしまうのね」



おばあちゃんは懐から小さな紙を取り出して、私に向ける。

記号がかかれた小さな紙切れを手のひらにたくさんのせると、黄色く、小さいけどあたたかな光になってふわりと飛び出した。

私の周りをぐるぐる回ってから、部屋や庭に散らばってふよふよと飛ぶ。


ホタルが飛び回るのような美しい光景を、私とおばあちゃんはじっと見つめていた。



――――――――――



「ちょっとは元気が出たかねえ」



昔から好きな景色でしょう?とおばあちゃんは言う。

うん、と私は答えた。



「おかげでまだまだ頑張れるよ」

「無理はしすぎちゃだめよ」

「うん、わかってる」



この光のように暖かいこの場所。

引き取られた日、不安でいっぱいだった私に見せてくれた符術もこれだった。

何かを傷つけることも、守ることもないこの術を見て、私は初めて符術の美しさを感じたっけ。



「縁視は病気でも、悪い力でもないのにねぇ。

 から変わらないのねぇ」

「前よりは随分よくなったと思うよ。施設に入らなくても生きていけるもの、私みたいにね」

「そうねぇ。でもどうしても辛くなったらいつでも帰ってきていいのよ。

 壊れてしまってからじゃ遅いもの」

「…うん」



もう一度光が踊る景色を眺める。

大丈夫だよ、きっと、ここに帰る場所がある限り。




「そういえば、雪園ゆきぞの家のみなさんは元気かい?あまり会わないかねえ」

「…………そうだね、よく知らない」



そろそろ寝ようか、と私は立ち上がった。



―――――――――――――



「次はもうちょっと早く来なさいよ」

「ぜ、善処するね…」



翌日。

いろんなお土産を持たされた私は、たっぷりと膨らんだ紙袋を持ち直して玄関に立っていた。


伸太朗は優希ちゃんともう学校へ行っている。

お父さんも仕事へ出てしまったので、お母さんとおばあちゃんが見送ってくれた。



「じゃ、いってきます」

「いってらっしゃい!」

「いってらっしゃい」



重い荷物を持ち替え、太陽を上から浴びながら河川敷を通る。

午後から出勤だ。

またいつもの日々が始まる。


だけれど、いつもよりずっとすっきりした気持ちで取り組めそうだ。



澄んだ空気を肺いっぱいに取り込んで、私は寮への道を進んでいった。

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