ここにある正義の強さを

「発見されたときは、あの子、だいぶ土に還っていたけれど、白石課長がちゃんと突き止めてくれたわ」



暖かい日差しが私の膝を照らしている。いつの間にか真冬を越えた空が部屋を包んでいる。

今関さんの表情も晴れ晴れとしていた。



「父親は有名議員の息子でね、母親とは実は不倫関係だったそうよ」

「ええ……」

「妨害だらけで捜査は難航するかと思ったんだけど、見事遺伝子検査と魔力遺伝子検査にこぎつけて親子関係を証明、犯行を認めさせたそうよ」



いつの時代も政治がかかわる人間の捜査は大変な労力がかかるもの。

私の入院生活はもう3週間が経とうとしているとはいえ、随分早い展開だ。



「怨霊となってしまったあの子の想いに応えられたって、白石課長がほっとしていたわ」

「それ……かった……」

「ええ、本当によかった。白石課長、検査結果が出てすぐ退院して捜査に加わって……堀江係長の胃に穴が開きそうだったわ、ふふ」



怨霊やマヨイガなどの怪異に遭遇した人間は、呪いを持ち帰っていないか、後遺症がないか確認のため1週間は検査入院となる。

元気に動き回っているということは、身体に悪影響なく済んだということだ。

ほっとしつつ、私は気になることを聞いてみる。



「どう……し……早く……?」

「ん?早い?ああ、逮捕まで早かった理由かしら?」

「はい」

「それはもちろん、私たちが協力したからよ」



協力?特殊治安局が特殊警察局に協力?

仲悪いのに?



「7係はわたしのチームよ。できないことはないわ、そうでしょう?」

「はは……」



事件が起きた直後から、今関さんは動き出していた。

白石さんを経由して事件の顛末を聞き、身体的特徴から父親を特定。清水家との関係を調べ上げたらしい。



「データをPCごと7係と仮名課長に預けて、特殊警察局に提供してもらったのよ。調査用検体が手に入る理由付けになるようなタレコミもおまけしてね。ふふ」



なるほど。口に出せないけど理解した。

特殊警察局としては調査の手間が省けるから拒否する理由はないし、仮名課長が同席したことで情報に信ぴょう性が増す。

なにせ彼らは役職を重んじる。課長が自ら来れば門前払いなどできるわけがない。



「今回の事件、特殊警察局では捜査終了となっていて、再捜査には相応の理由と承認が必要なの。彼らは基本的に被害届や法に基づいた依頼を受けない限り動けない」

「あ」

「それに対して特殊治安局はあくまで治安維持が目的、犯罪が起こる前の『疑惑』だけで行動ができるわ」



特殊警察局が動き出せるまで、特徴治安局が動けるように仕向けた。それが早期逮捕の理由だったんだ。

頭を抱えた仮名課長と楽しそうな局長の顔が浮かぶ。



「7係のメンバーは凄腕揃いでしょう?忍者のカケルくんは人の追跡や現地の情報収集に長けているし、灯ちゃんの知識でだいたいの符術を使ったフェイクは見抜ける。

集めた情報の整理は埜々子ややこにおまかせよ」



今関さんは得意げに笑って見せた。その子供っぽい一面に私は思わず笑い声を漏らす。

くぐもって低くなってしまっても気持ちが届いたらしい。彼女は笑みを深くした。



「扱いづらいけど仮名課長の手腕であれば問題ないと思ったのよ。実際、最善の結果になったもの」



確かに間違いない。私はわずかに頭を動かして同意を示した。

その片隅で、私は言わずとも察した考えが頭の中をめぐる。


基本的に今関課長は自ら動いていたいタイプの人間だ。責任ある立場に就いても変わらず、気になることがあれば自分で調べ、危険なことがあれば現地で指揮をする。机上で未来を待つような人ではない。


そんな今関さんが今回は事前準備のみ行い直接動くことをしなかった。

相手が警察局の一課だったからだと思う。自分と近しい人間がいる組織に関与すれば、何年も経ってようやくほとぼりが冷めた彼との関係を再燃させられるのは目に見えていると考えた。

だから自分が注目されない初動調査だけ動き、あとは組織に任せた。


白石課長がいない今、勝手にうわさが生まれやすい状況の中、できる限りのことをやった。というところだろうか。



今関さんにもまた、本当に迷惑をかけてしまったと心がきゅっとした。

思わず黙ったまま視線を下げると、見破られたのかわずかな笑い声が耳に届いた。



「今回はあなたの大きな功績よ。胸を張ってちょうだい」

「え?」

「もしあなた以外の7係が巻き込まれたら、あの子は早々に除霊されて真相は闇の中だったでしょうね。あなたは怨霊に怯えることなく理解しようとした。それにあの子が応えたから真相にたどり着けたのよ」

「そん……な……」

「個人的には代償が大きすぎたから特大マイナス点、トントンってところね」

「はは……」


「参考までに、怨霊に臆さず物が言えたのは、縁が理由だったのかしら?」



口が動く範囲でいいから、と言う今関さんに、私は怨霊自体の縁は危険ではあったけれどそれより気になる縁があったと伝えた。

首をかしげる姿をみて、黒いモヤを纏った縁の話をする。



「眠って……間も……縁……が、あの子に……」



なんとか眠っていた時の記憶を今関さんに話す。

車のおもちゃ、走っていく背中、そしてなぜか私を導いてくれたオルトさんの存在。


話し終わるころには今関さんの眉間に深い皺が寄っていた。



「その話、間違いないのね?」

「はい」

「誰かに話したりは?」

「いえ……?」

「……そう、わかったわ」



今関さんは作り笑いをして立ち上がった。

眼鏡が差し込む光に反射する。



「この話はまだ誰にもしないようにね。万一幻影だとしてもオルトが関わるだけで大事だもの」



日本で一番有名な縁視。といえばちょっと聞こえはいいが、原因は彼が関わってきたトラブルは逮捕一歩手前……いやギリギリアウト?にある。

指名手配犯みたいなものだからだろう。

私も詳しい事情が知りたいし、そのままお任せすることにした。



「あら、長居しすぎたわね。それじゃあ菜子ちゃん、ゆっくりやすんで」

「はい、ありが……ござい……す」




来客が途絶えて30分ほど経っていた。

日差しはまだ降り注いでいて、四角い外の世界は現実であると教えてくれる。

遠くに消えていく白い鳥の旅路を見守って、私はゆっくりを瞼を閉じた。


今更ながら黄泉の入り口で見たことを反芻はんすうする。

あの子はまっすぐに走っていった、その先はどんな景色だったのだろう。

身体もないまま消えていったのに間違いはないが、その魂はどこへ逝くのだろう。


どうしても考えてしまう。

あの鳥でさえ行方が見えないのに、魂の行く先なんてわかるはずもないのに。


久しぶりにたくさん話したからだろうか。うとうとと睡魔が私を誘う。

抵抗する理由はない、私は静かに意識を手放した。



――――――――――――――――



『ん、んん……』



まぶたの外から光が照らされるのを感じて、ぼうっとしていた頭の覚醒を感じた。

眩しい痛みに耐えてまぶたを開ききれば、もっと眩しい白が見えた。



『起きた?』



耳に届く心地の良い声が、一瞬だけ私を再び睡魔に誘う。

なんとか目をこすって起き上がれば、見慣れた彼の微笑みがこちらを向いていた。



『寝ちゃった……?』

『うん、うとうとしてたから寝かせちゃったんだ、覚えてる?』



お兄ちゃんと呼んでいたころの蛍都さんだった。

今と変わらない甘ったるい声が耳をくすぐる。

私たちは古い日本家屋の縁側に並んで座っているようだ、ぼやけた視界では彼が制服姿をしているように見えた。



『たくさん練習するのはいいけれど、やりすぎはよくないな』

『だめだよ、だって、もっと頑張らなくちゃ』



勝手に口が動いた。不思議と違和感はない。

彼は周りに散らばったくしゃくしゃの紙を拾って丁寧に折りたたむ。

私がうたた寝する前に練習していた符の残骸だ。

不格好な記号の羅列がきれいな手によりポケットにしまわれていく。



『だって』

『だって?』

『なんでもない』



妹に少しでも追いつかなくちゃ、私の居場所がなくなってしまう。

そういえばこの本心を誰かに言ったことはなかったな。



『頑張りすぎて身体を壊したら意味がないと思うけどな』

『そんなことない、頑張らないと……春都はるとお兄ちゃんはどこ?』

『春都兄さん?』



彼の優しい顔が曇った。

どうしてと言いたげに首を傾げると、光に透けそうな白い糸が彼の耳元を踊る。



『春都お兄ちゃんと符に力を込める練習をするの』

『どうして?僕とじゃないの?』

『水の符術なら春都お兄ちゃんのほうが得意なんでしょう?』

『僕も得意だよ』

『そうだけど……たまには他の人から教わるといいって、お父様が』


『今日はもう休んだほうがいいよ』

『え、でも、お兄ちゃんと……』



珍しく強い力で肩を捕まれ、ぽんと音を建てるように彼の膝に倒れ込む。

もう一度起き上がろうと身じろぎして抵抗すると、彼は抱きしめるように首周りに腕を置いて動きを封じてきた。


空いた片手は白くて細い紙を取り出して、宙へ投げる。

それを見つめていると、折り紙のようにぱたぱたとたたまれ、白い小鳥となって飛んでいった。


強い眠気を感じて、まぶたが再び落ちていく。

遠くに飛んでいく小鳥を見ながら、わたしはゆっくりと意識を飛ばしていった。



『君には僕だけで十分だよ』




――――――――――――――――



意識の浮上を感じて、まぶたに光を感じた。

空の光よりも白くて眩しいそれは、人工的なものだと気づくのにそうかからなかった。


どのくらい眠ってしまったんだろう。

まぶたを開けてみれば、白い髪が見えた。


雪のように白いそれ。

見慣れたものかと思えば、いつものふわふわしたものでも、長くきれいなものでもない。

ぴったりと整えられた短い髪、くるりと振り向いた瞳は黒いに近い藍色。



「あ……」

「あ……」



ほぼ同時に声を出す。

私の高い声と目の前の人物の低い声が見事に被さる。



「……ごめん、起こした」



きょろきょろと瞳が動いたあとに、ふいっと左側に視線をずらされた。

私のかすれた声が懐かしい名前を響かせる。



「……春都様?」


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