お人形との邂逅
それから、私と阿木さんは他愛もない雑談をした。
ハーブティが残り少なくなったころ、そうだわ、と阿木さんが席を立ってリビングを出ていった。
阿木さんがいない間、私はいつもやっていることがある。
私は席を立って、床に正座する。
ぎゅむ、コツコツ、ぽんぽんとクッションが床を鳴らす音。
その持ち主はすぐに廊下からあふれ出てきた。
「みんな、こんにちは。元気にしてた?」
ゾウ、ネコ、ウサギ、クマ、イヌ…さまざまな形をしたぬいぐるみたちが、我先に私のおなかへ突撃してきた。
あっという間に腰まで見えないくらいぬいぐるみの山ができる。
「うんうん、元気そうだね」
1匹ずつ抱っこして撫でながら、挨拶をする。
彼らは話すことはできないけど、嫌がっている様子はないので、喜んでると思い込むことにしている。
人形に命を吹き込むこの力、正しくは「阿木さんの近くにいるぬいぐるみが動き出す
」という力である。
なので、阿木さん本人に不調や異変があれば、ぬいぐるみの様子も変わるので必ず確認するようにしている。
よいお年だし1人暮らしだから、いつ何があるかわからないしね。
ちなみにこの特殊能力は、傀儡の術の一種と思われているが、本人の意思で操っているわけではないので、今なお解明できていない。
とはいえ、物体を操る符術の研究に大いに役立ち、ロボット操作や救助の際の瓦礫撤去などに応用されているのは有名な話だったりする。
「お待たせしてごめんなさいね、菜子さん」
胸あたりまでぬいぐるみで埋まってきたころ、阿木さんは1匹のぬいぐるみを持ってリビングへ戻ってきた。
さっきのおサルさんの、カエル版?
「新作のカエルちゃんのぬいぐるみよ。もらってくれるかしら?」
「よろしいのですか?いつもすみません」
「いいのよ、私、作ったぬいぐるみを誰かにお嫁に出すのが好きなの」
「ぶっ」
「あらあら」
タオル生地でできたカエルのぬいぐるみは、阿木さんの腕を飛び出して私の顔面に貼りついた。
…元気な子だな…。
ぺりっと剥がすと、カエルは手足をばたばたして暴れる。
とりあえず左腕にもっていくと、しっかり掴んで動かなくなった。
…やっぱりそこが落ち着くんだね…。
「でも、阿木さんから離れてしばらくしたら、ただのぬいぐるみに戻ってしまいますよ?」
「いいの。だってぬいぐるみだもの。動いたって動かなくたって同じものよ」
「そうですか、なら、有難くいただきます」
「ええ」
それからまた少し近況について雑談し、
阿木さんとたくさんのぬいぐるみに見送られ、癒しの屋敷を後にした。
報告書◆
生活を支えてくれる人形(掃除他)の制作に力を入れている。
まず、防水の符術を付与されたぬいぐるみを作るところから研究しており、完成した際には執務室の机の上の清掃から試してもらいたいそう。
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