『縁視』邂逅
振り返ると、午前中に写真で出会った少年が立っていた。
どうやら2階から降りてきたらしい。
髪が少し伸びているが、間違いない、彼は『瀬 明人』だ。
それは彼が纏う『縁』がそうだと告げていた。
『縁視』は縁が視えるからなのか、人よりも多く、いろいろな色の縁を纏う人が多い。
その理屈はわからないけれど、その縁の多さから互いが『同族』だとすぐにわかる。
もしかしたら、彼もそうだったのかもしれない。
目を大きく見開いたまま、慌てるように1階に降りてきて私をまじまじと見た。
「…あなたは、特殊治安局の人、ですよね」
その声は少し震えている。
2係の一件が本当ならば、無理もないと思う。
私はなるべく柔らかい声を出した。
「はじめまして。私は支援一課 7係の吉川と申します。
あなたと同じ、『縁視』です」
「はあ!?」
「縁視…?」
やっと言えた。
瀬くんよりも早く、後ろにいる荒道さんと沖永さんが反応した。
それもそうか、『縁視』に『縁視』が会いに行くなんて想像できなかったのかも。
「やっぱり…そうなんですね…。
僕が『瀬 明人』です」
ぺこり、とごくごく普通の少年はぎこちなく頭を下げた。
――――――――――
それから私は、テーブルについて瀬くんと少し話をした。
最初は時々視界に紐が映るようになり、病院に行っても全く治らないまま1年。
ようやく符術に詳しい医者に検査されて、『縁視』であることがわかったらしい。
それから『雷鳴』に入るまではあっという間だったという。
「特殊能力者は一般の学校にいけないと、すぐに退学させられたんです。父さんや母さんは縁視なんて能力は知らないから、すごく動揺して…」
学校に居場所がなくなり、家に居場所がなくなった彼は、『雷鳴』に出会った。
「こんな僕を受け入れてくれたんです。だから…僕はここにいたい」
自分を受け入れてくれる場所。
それがどれだけ幸せなことか、私は7係や今の家族に引き取られた経験があるからよくわかる。
「明人くんの気持ちはよくわかったよ」
「吉川さん…」
「本来特殊治安局は特殊能力者や符術者が安心して暮らせるように発足した組織。
たとえ『雷鳴』と関わりがあったとしても、私の仕事は変わらないよ」
一呼吸おいて、私は明人くんに向き直って言った。
「私たち7係はあなたの担当としてサポートします。何か不都合があればいつでも連絡ください。
…ただし、『雷鳴』に関わって起こったことは自己責任でお願いね」
「はい、ありがとうございます」
明人くんは丁寧に頭を下げた。
とてもまじめな子みたいだ。学校では何の問題もない生徒だったんだろうに。
「ああ、そうだ」
私はバッグから紙を取り出して、彼の前の机に置いた。
それは今日の一番の目的だった。
「『健康診断のお知らせ』?」
瀬くんは意外そうに紙を手に取る。
カウンターでこちらをうかがっていた荒道さんが明人くんの後ろから紙を覗き込んだ。
「なんだよこれ」
「本当はね、今日はこれを渡したら退散するつもりだったの」
誰かが突っかかってこなければね、なんていうと怒りそうだから言わない。
「『縁視』は特に力が不安定だから、人より健康診断をする回数が多いの。丁度今の時期だったからどうかなと思って」
「そうなんですか…」
「まあ、この前受けたばかりだと思うから、気が進んだらどうぞ」
時計をちらりと見る。
うーん、ちょっと長居しすぎちゃったか。
私はバッグを閉じて立ち上がった。
「そろそろ帰らないと。それではこれで失礼します」
「あ、ありがとうございました!」
「こちらこそ、ありがとうございました」
立ち上がる瀬くんに私は軽く頭を下げる。
何も言わずじっと見てくる沖永さんや荒道さんを無視して、私は出口へ向かった。
「また来ますね」
からんからん、
少し前に聞いた音を立てながら、私は喫茶店を出た。
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