帰郷

あれからいろいろと質問攻めにされて疲弊した私は、ようやく刑事一課 課長室から脱出することができた。

が、出てきた途端にさっきの大柄な男が立っていて、再度私は身構える。


だが、彼の様子は先ほどと全く違っていた。



「いやあ~~~さっきはすまんかったの~~」



にっこりと白い歯を見せて人懐っこい顔を向けてくる男。

え?この人さっき会った人?



「…はい?」

「特殊治安局が金の話をするってんで、俺ぁ舐められちゃいかんと思ってガン飛ばしちまった~」



…さっき会った人で合っていた。



「吉川さん、すまんかったな~」

「は、はあ…」



「なんだ、ケイディ、彼女を怖がらせていたのか」

「課長!」



背後の扉が開き、白石課長と加羅河課長が出てくる。



「すんません、課長。ついつい」

「彼女は大切な客人だからね、しっかり見送りを頼むよ」

「はっ!」


「ではまた会おう、吉川さん」

「はい、お時間いただきありがとうございました」



頭を下げると2人の課長たちは振り返ることなく去っていった。



――――――――――――――――――――――



それからケイディさんなる大男に入り口まで案内された私は、とぼとぼと帰路につく。

なんとなく、先ほどの会話をもう一度思い出していた。



『縁視を誰かのために活用しているとは、素晴らしいな』



ひとしきり今関さんの情報を吐かされた後、白石課長は微笑んで言った。



『正直に言えば、私を含む大多数の人間にとって、縁視は一種の身体障害である認識が強い。その力を個性として自らの利点とするのはなかなか難しいことだ』

『私を受け入れてくれる今関係長や7係のメンバーのおかげです』

『…そうか』



ふいに目を伏せて、両手を握る。

その暗い表情は、どうにも頭の裏にこびりついてしまった。



『雫は、優しい人だ。どんな人間にも前向きに向き合い、大切に扱い、自分よりも他人を優先してしまう。

 …情けないことに、今でもそういうところに惹かれてしまう。


 未練がましいと思うだろうが、できることならやり直したいと思っているんだ』




これだから、『家』は嫌いだ。


体面だけを重視するあまり、見えないところで多くの人が苦しんでいる。

それは家のない人間だけじゃなく、家があるからこそ不幸になる人間もいる。


こんなに想ってくれている人間がいるのに、たかが家1つでお互い苦しみ続けるなんて、本当にバカげている。



今関さんはお世話になっている。とても良い人だ。

どうか幸せになって欲しいと、私は強く思った。




普通の人間のように生きていけないからこそ、自分の分まで大切な人には幸せになって欲しいんだ。




――――――――――――――――――――――




「戻りました」



7係の執務室に戻ると、異様な光景が広がっていた。


2つの向かいのソファには、灯ちゃんとカケルくんがぐったりと倒れこんでいる。

声をかけても動かない。


自席にはややこさんが机に突っ伏していた。

声をかけてもぶつぶつ言っている声は止まらない。



ガチャリと音がしたので振り返る。

係長の部屋からバスタオル片手に出てきたのは、件の今関さんだった。

いつもひとまとめにしている髪が解かれ、湿っている。

その笑顔は疲労の2文字が濃く出ていた。



「おかえり、菜子ちゃん」

「…ただいま戻りました。あの…この光景は一体…」



くるりと静かな空間を…いや、ぶつぶつ聞こえる空間を一瞥して、私はもう一度彼女の目と合う。



「取り急ぎ主虹鯉は捕まえて、簡易水槽に戻せたからいったん帰ってきたの」



なるほど…それだけ大変だったかは十分に察した。



「お疲れさまでした。特殊警察局からも4割負担で合意いただきました」

「ありがとう菜子ちゃん!助かったわ!」

「まだ資金の準備や業者の手配には時間がかかりますから、今関さんはいったんお休みください」

「…そうね、お言葉に甘えさせてもらおうかしら」


「その前に、髪の毛乾かしますから、座ってください」



部屋に戻ろうとした今関さんの肩を掴み、言い放つ。

そのまま寝て風邪でも引かれたら困る。



というよりも恨まれる。

誰に、とは言わないけど。



今関さんは私の意図を知ってか知らずか、困った顔をして微笑んだ。



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