「見える」もの、「視えない」もの
猛省だ。
依頼を受けた時と同じ部屋で、磨かれる青い髪留めを見つめながら私は1人考えていた。
人には見えないものに固執しすぎて、「見える」ものに気づかなかったなんて…。
もし私が先に気づけていれば、木に登ったのは私だったはずだ。
ちらりと横を見ると、手当された足をかばって正座を崩している埜々子さんがいる。
私が登れば、埜々子さんが怪我することもなかったのに…。
「…ありがとう、菜子ちゃん」
「…いや、私はなにも…」
私の思いに気づいたのか、埜々子さんは私の方を向いて優しい声で言った。
「頑張ってくれた…それだけで十分…」
「………」
「…菜子ちゃんは、頑張りすぎるところがあるから。
今回は私が頑張る番だった、それだけ…」
「……埜々子さん」
「やっぱり、買った時には戻らないか…」
「そうじゃな…数日雨ざらしだったじゃろうし…」
慎介様と玄竜様の声に、机に置かれた髪留めに視線を向けた。
写真より木の部分がくすんでしまっている。
青の綺麗な花の部分は欠けていないが、よくみると小さい傷がある。
カラスのくちばしか、枝に擦れたんだろう。
「これじゃあ…」
慎介様は大きなため息をついた。
「お兄ちゃん…その髪留め…誰の?」
「まあ、ここまで来たら仕方ないか…」
玄竜様と目配せした慎介様は、困った顔で埜々子さんを見た。
「君だよ、埜々子。
プレゼントにしようと思ってオーダーメイドしたんだ」
「わ、わたし…?」
そういえば、この前一瞬見た埜々子さんの瞳…。
どこかで見たなと思ったら、この花の色って…。
「ようやく埜々子の瞳と同じ色を見つけてね、どうしても君に贈りたかったんだ」
でも、と慎介様が首を振る。
一瞬別れた前髪の隙間から、確かに埜々子さんと同じ色がのぞいた。
「汚れてしまったからね、別の物にするよ」
「…ぃぃ…」
「ん?」
「…いい、それ、欲しいわ」
「っ!埜々子…?」
ぽかんとする慎介様。
全く同じ顔をする玄竜様。
…血を分けた家族なんだなあ、なんて持ってしまうほど似ている。
「わたしのために、作ってくれたんでしょう?
…それに、わたしのために探してくれたものだから、大切にしたいの」
静かな部屋に埜々子さんの足音と声だけが響く。
慎介様の前に座り、その手にある髪留めを兄の手ごと握ると、もういちど口を開いた。
「…大切な家族のプレゼント、嬉しいな…」
「や、埜々子----!!」
「わ、ちょっと、急に抱き着かないで!」
「埜々子!埜々子!…ぐすっ」
「泣かないでよ…!」
「埜々子…素直になって…」
「おじいちゃんまで…!」
「……ふふ」
思わず笑いがこぼれてしまったけど、その声を聞く人はいなかった。
涙を流す兄、嫌がる妹、微笑んで見守る祖父。
かつて松島家は、埜々子さんがとある事件によって深く心を傷つけられ、家族と溝ができてしまったと今関さんが言っていた。
そこから少しずつ前に向いて歩きだしているなら、とてもいいことだ。
いろいろな想いが巡るけれど。
今はそれよりも、この家族の良い未来を願おう。
彼らに纏う縁は、どれもあの瞳のように美しい色をしているのだから。
ゆっくりと本来の形を取り戻しつつある。
これは、希望に満ちた家族の話。
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