第9話 それでも人として生きること

突然の一報

特殊治安局の上階の一室。

洋風の赤い絨毯が敷かれた高級な雰囲気を漂わせる1係の執務室に私はいる。

7係よりもずっと広いその部屋で、私は向かいの男性に符を渡した。


これは探知の符術が得意な灯ちゃん製。

基本的に火や水などの各属性ごとに探知の符を使わないといけないけれど、灯ちゃんの符は1枚で複数の属性を探知できる。


以前、何枚かほしいと鴨川さんに言われていたので、それを届けに来た。



「ありがとうございます。確かに5枚、頂戴しました」



ピクリとも動かない無表情で符を確認するのは、鴨川係長の側近の三笠さん。

深緑の髪をオールバックにして、フチなしの四角いメガネをかけている。

今関さんよりは若そうだけど…鴨川さんくらいの歳かな?



「また必要になりましたらご連絡ください」



灯ちゃんは嫌がるけどね。

それでは、と席を立とうとしたら、三笠さんが制止した。

変だな、いつもはさっさと退出させられるのに。



「お待ちください。鴨川係長より伝言があります」

「伝言ですか?」



すっと綺麗な所作で立ち上がると、三笠さんは何かを持って戻ってきた。

ぽんと私たちの間にある机に置かれ、差し出される。


それは、月刊誌だった。

このタイトルは…特殊能力を研究する人向けのものだ。

見たことのある名前が載っている。



「これは?」

「鴨川係長から、これを渡すようにと」

「………」



私は思わず顔をしかめた。



「あなたに渡すようにと頼まれたそうです。どうやら『縁視』の新しい研究結果が発表されたようで、一読してみてはいかがですか?」

「…受け取りの拒否はできますか」

「……できませんが」

「…そうですよね」



興味は、なくはない。

けど、わざわざ渡してこなくても…。

仕方なく、私はその雑誌を受け取った。



「…ありがたくいただきます」




1係の執務室を出て、私は雑誌の表紙をもう一度見た。

『縁視』の研究…『雪園』…か…。

……まあ、せっかくもらったし、あとで目を通しておこうかな。




――――――――――――――――



7係の執務室に戻ると、灯ちゃんが待ってましたとばかりに顔をあげて声をかけてきた。



「菜子っちやっと帰ってきた!」

「ん?どうしました?」



「さっき『金代』さんってやつから連絡が来たんだよ」



金代…金代…

……………『精霊のいとし子』のゆうちゃん!?



「え!?連絡?どういうこと?」

「正しくは精霊から電話きたんだけどさー」



メモを残したらしい自分のタブレットを見ながら、灯ちゃんは詳細を教えてくれた。


最近家の周りに人影があり、警備を強化したところ1人取り押さえたらしい。

特殊治安局を呼ぼうと私の名前を出したところ、『吉川を出せ!』と叫び出したという。

急いできてくれ、との内容だった。



「私を知っている人ってことですか?」

「たーぶん。詳しくは言ってなかったんだよね。とりあえず行ってみたらー?」

「わかりました、ありがとうございます」



雑誌を自席に置いて、私はさっそく向かうことにした。



「…雑誌?なにこれー」

「もらってきたんです。よければどうぞ」

「研究誌かー…」



ぺらぺらとページを捲り始めた灯ちゃんを置いて、私は執務室を出た。

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