ひかりもの

日が落ちてすっかり辺りが暗くなった午後8時。

私は埜々子さんと別れて1時間以上は庭先であちらこちら歩きまわっていた。


松島家の庭は、玄関と裏庭の2か所ある。

どちらも同じくらいの広さで、洋風な表の庭とは逆に、裏庭はどちらかというと鑑賞向けの日本庭園。

和と洋の空間を分けることで、どちらも楽しめる作りになっているようだ。


私は何往復かした後、裏庭の茂みとにらめっこをしていた。


相変わらず、縁の手がかりはない。


「せっかくこの力があるのに、役に立てないなんて…」


正直、かなり悔しい。

いろいろと生きるには障害の多いこの力だけど、私はとても前向きに付き合ってきた。

人にはできないことができる。たとえどんながあろうとも、それは自分の大きな強みだ。

そう思って誰かの役に立ちたくてあえてこの道を選んだ。


「いやいや、もうちょっと視てみよう」


色は無限に存在する。

もしかしたらちょっと透明で見えにくいのかも。



もう一度表の庭に戻ろうと、私が顔をあげたときだった。


「埜々子----っ!!」

「!?」

「埜々子っ、お前、なんてことを!」


男性の悲鳴と叱責の大声が聞こえた。

表の庭から?


埜々子さんに何かあったんじゃ…!


私はすぐに身を翻して玄関へ急いだ。




―――――――――――――――――


「埜々子っ!危ないから降りてきなさいっ!!」

「どうしたんじゃ…!」


そこには、懐中電灯で木の上を照らす玄竜様と、その木の根元で右往左往している慎介様。

光を辿って上を見上げてみると―――――なぜか埜々子さんが木の枝に座っていた。


「え…え?」


埜々子さんは震えながらもどんどん木をよじ登っていってしまう。

制止の声も全く聞かず、黙々と手足を動かしていた。

普段から想像もできない姿に私は戸惑った。


「この状況は一体…?」

「夜ご飯にしようと思って埜々子たちに声をかけに来たんだ。そうしたら…」


暗いしわかりにくいけど慎介様の顔が真っ青になっているのだろう。

懐中電灯の光が震えている。


「埜々子!何をしておる、早く降りてこんか!」


玄竜様の声にすら反応しない。

そんな埜々子さんは左足を次の枝にかけた途端、ずるりと滑った。


「…っ!」


小さい悲鳴が上がる。

その足には一筋の赤い筋。


「埜々子さん!怪我を!」

「だ、だいじょうぶだから…!」


ようやく声に応えたけれど、埜々子さんは左足を枝にかけなおして、さらに進む。


やがて、木の3分の2あたりに来たところで止まった。


「…お兄ちゃん、もっと上」

「え?上?」

「上、照らして、ここ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ…」


埜々子さんの白い手が木の間の何かを指さす。

慎介様は言われるがまますこし木から離れると、そのあたりを照らした。

何かがいる。


「あれは…なんでしょう?」

「ふむ…カラス、じゃな」


私の声に、玄竜様が答えた。

確かに指さした先は黒くて大きなカラスが1羽、埜々子さんを見ている。

足元を見るに巣みたいだけど…木々に混ざってキラリと光るあれは…。


「…あ!『髪留め』!」

「なんじゃと!」

「本当だ…あの青、まちがいない!この前買った髪留めだ!」


そうか、あの髪留めはきらきら輝いていた。

近くで巣を作っていたカラスがそれを持ち去ったんだ!


埜々子さんはカラスとじっと見つめあう。

カラスが動かないことを確認して、埜々子さんは手を伸ばした。


「もう、ちょっと…」

「や、埜々子…」

「…埜々子さん、がんばってください!」

「う、うん…!」


時折ふんばる足を滑らせながら手を伸ばすこと数分。

埜々子さんはついに、髪留めを手中に収めた。

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