想いの指輪と生きた証

「リーダーの奥さんは…5年前に…病気で死んだ。あの指輪は、リーダーにあげた最期のプレゼントなんだよ」

「…そうなんだ」



歯切れ悪く、なんとか言葉を紡ぎながら本当の理由を話す悠馬くん。



「リーダーは感情を表に出さない人なんだけどさ、珍しく嬉しそうにしてくれたって、奥さん…すっげー喜んでたんだ。

 リーダーはもう必要ないっていうけど、そんな簡単に、俺はあきらめたくない」



それに、と誰とも視線を合わせず、悠馬くんは机の上を睨んでこぶしを握った。



「奥さんが死んだとき、娘さんは1歳だった。だから母親の記憶はねーんだ。

 あの指輪は娘さんにとって母親がいたっていう証拠なんだ。

 だからいつか娘さんが大きくなったらその指輪を渡して、身に着けてくれたらいーなって、そう…思うんだ」


「…おかあさん」



顔をあげると、ゆうちゃんは悠馬くんの瞳を見つめていた。



「おかあさんの、指輪なの?」

「うん、まあ…そういうことだな」

「おかあさんの…」



じわり、とゆうちゃんの瞳には涙がたまっているように見えた。

ああ、確かゆうちゃんも母親を病気で亡くしていたっけ。

『精霊のいとし子』であった彼女に、唯一惜しみない愛情を注いだ強い女性だったと、以前担当していた局員が言っていたことを思い出す。



「わたし!わたし…」



あのね、あのね、とゆうちゃんもまた、悠馬くんの想いに応えるように言葉を紡ぐ。

一生懸命慣れない相手とやりとりする2人に、私も倉之助の目も穏やかなものに変わっていた。



「あなたを見た日、逃げる人を見た」

「本当か!?」

「ひっ……えと、ほんと」



私はこっそり隣の悠馬くんの膝を叩いた。

やべっという顔をされる。



「ど、どんな見た目だったか…わかるかな…?」

「黒くて、あなたと同じくらいの大きさ。でも…」



ゆうちゃんは困った顔をした。




じゃないよ。

 私知ってる。あれはだよ」


「は?」

「え?妖怪?」



人じゃない!?

私たちは思わず顔を見合わせる。

?を浮かべていると、突然そこかしこから小さな妖精たちが集まってきた。



「なにー」

「なになにー」



わらわらと集まってくる着物を着た妖精たち。

それらはゆうちゃんの傍に控える精霊に向かっていく。


呼んだのはどうやら倉之助らしい。

彼は手を振り上げて精霊たちに命令した。



「皆、今すぐ『百々目鬼どどめき』を探しなさい」

「「「はーい!」」」



百々目鬼?

説明しろと言わんばかりの悠馬くんに、私は遠い記憶をたどって説明した。



「物を盗む妖怪だったような…」

「その通りです」



一声に光たちが外へ向かって放たれる。

私も悠馬くんも眩しくて目を瞑り―――再度開いたときには、さっきと同じ静かな和室に戻っていた。



「確かにあの日、精霊たちから百々目鬼が近くにいると報告がありました。

 指輪を盗んだのが人間ではないのなら、十中八九、百々目鬼でしょう」



すぐに今の居場所を探させます。

その倉之助の姿は恐ろしく頼りになった。



「倉之助、ありがとう!」

「いえ、ゆう様のお役に立てるのであれば」



今までに見たことのない穏やかでうれしそうな表情をする倉之助。

いつもはこんな顔でゆうちゃんと過ごしているんだろうな。


ずっと言葉を発していなかった悠馬くんは、あ…の…と口を開いた。



「あ、ありがとう…ございます…」

「いえ、これ以上ゆう様に付きまとわれても困りますから」



理由が辛辣だ。

やっぱりいつもの倉之助だった。

むっとする悠馬くんに、私は思わず笑ってしまった。



「吉川…!」

「怒らない、怒らない」

「っく…!」




そんな私たちを見たのか、ゆうちゃんはすくっと立ち上がって赤い振袖を揺らしてこちらへ歩いてくる。

悠馬くんの前に座って、純粋な瞳で悠馬くんを見上げた。



「おにいちゃん…ようせい、怖い?」

「っ!?こ…」



ぷるぷると震える悠馬くん。



「怖くないよ…?」



ゆうちゃんが嬉しそうに笑った。




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