狂った記憶

僕が生まれた十三里とみさと家は、符術を応用した『忍術』を代々受け継ぐ、『忍者』の家系だった。


歴代の当主でも指折りの天才と言われた 十三里 一二三 を祖父に持った僕は、幼少期から才能を評価され、日々鍛錬を欠かさずに祖父の背中を追う毎日を過ごしていた。



『忍者』とは、忍ぶ者。

修行の一環として、力を持たない一般人に混ざって生活し成人することが一人前と認められる第一条件だった。



僕には四野見塚ともう1人幼馴染がいた。

一般人の女の子、名前は琴乃。

符術なんて知らない普通の女の子。

小さいころからずっと仲が良くて、これからもその関係は変わらないと思っていた。



あの日までは。



「いや…っやめて……!」



いつもの帰り道。

男たちに突然囲まれた俺と琴乃に、抵抗する術はなかった。


複数の大人たちに手足を封じられ、地面に押さえつけられた僕の眼前に広がったのは、服を破られていく琴乃の姿。



「だいじょーぶだいじょーぶ!

 これから俺達とちょーっとイイコトするだけだってー」

「やだ…助けて…!」


「やめろよ!!」

「うるせえぞこのガキ!!」

「ぐああっ!!!」



忍者として生きるには、何よりも守らねばならない掟があった。

それは忍者だけでなくすべての符術者に当てはまること。



『一般人に符術で危害を与えてはいけない』



もし与えてしまえば、犯罪履歴が残り、刑務所行きという重罰が待っている。

もちろん忍者として生きていくことなんてできなくなる。



でも、自分の未来のために、

目の前の人間を見捨てることが、本当に正しいのか?


あの日の僕には、どうしてもできなかったんだ。




「…風遁っ!!!」



――――――――――――――――――――――



ばしゃり、と冷水をかけられて僕は目が覚めた。

あれからやっと刑務所を出てすぐに入れられたのは十三里家の地下牢。

誰にも言われなかったけれど、それは『破門』と言われるに等しい扱いだった。

コンクリートの部屋に、強い冷気が充満する。



「出ろ」



知らない忍者がそれだけ言って扉を開ける。

のろのろと立ち上がり歩き出せば、強い力で背中を押され前に倒れこんだ。



「立て、それとも今からもう一度拷問を受けたいか?」

「…」



僕は何も言わず立ち上がり、歩き出した。



知らない車に乗り、知らない場所に連れてこられる。

久々の青空だって、僕にはモノクロに感じて見上げるのをやめた。

それから、知らない建物に入って、廊下で知らない忍者は言った。



「この先はお前がこれから労働するところだ。

 学校に通い、勝手に生きろ。

 学費は支払わない、ここで労働して自分で返せ」



問答など無用とばかりに、一瞬で姿を消す。

1人残された俺は、少ししてから歩き出した。




逮捕されてからずっと、術を使ったことを責められ続けてきた。

何度も泣いて、苦しんで。

でも、どうしても悔やむことができなくて。



俺は本当に罪を犯したんだろうか。


あの日、何もしなかったらどうなっていただろうか。





『7係』と書かれた扉を開く。

そこには、出会ったことのない人たちがいた。



「あなたが 瀧澤 カケル くんね。

 よく来たわね。待っていたわ」



今関と名乗ったあの女性は、こちらにどうぞと僕を自室に通す。

その先にはほかに3人の女性がいた。

どうしてだか、この人たちはみんな一様に微笑んでいて。



「ここは特殊治安局 支援一課 7係。今日からあなたは私たちの一員よ。

 …と、事務的な話をする前に、あなたに伝えたいことがあるの」

「…伝えたいこと、ですか」



そう、と今関さんは今でもはっきり覚えているくらい美しい顔で微笑み、言葉を告げた。



「                   」

「…!」



その瞬間。


ぽろり、ぽろりと。


大粒の涙がこぼれたんだ。

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