希望は彼岸花のように
「雫、雫か!?」
『しず……っ!?き、聞こえるわ!もしもし、こちらの声は聞こえるかしら?』
久しぶりに聞いた気がする、今関さんの声。
異空間に閉じ込められて大した時間も経っていないはずなのに、馴染みの日常が日差しのように照らしてくれた気持ちになってほっとする。
私の声を聞いた彼女は、深い深いため息をついた。
『急に砂嵐みたいな音が出て聞こえなくなったんだもの、本当に心配したわ』
「すまない、我々も同じような状況になった。ひとまず報告を聞いてくれないか?君の知識と経験がほしい」
『ええ、もちろんよ。あなたの部下もいるからこちらもスピーカーにさせてもらうわ』
その後、白石さんは丁寧かつ的確な表現で状況を報告してくれた。
今関さんは相槌を挟みながら何か作業をしている音を返してくる。白石さんの部下もいるということは、別の人がメモを取っているのかもしれない。
『状況は分かったわ、いくつか質問しても?』
「ああ」
『まず、妖異に飲み込まれたというのはおそらく正しい認識ね。妖異の濃度の急上昇と暗転、よくある状況だわ。
その上で聞くのだけれど、妖異から何かメッセージはなかったかしら?』
「メッセージ……私はないな、吉川はどうだ?」
「そうですね……縁の色も1つだけ……強いて言うなら幻影でしょうか」
『菜子ちゃんはあれを見て何か思ったことはある?』
今関さんの質問に、私は幻影を思い出しながら何と言おうか考える。
子供の声、抱きしめる母親、子育てに悪戦苦闘しつつも穏やかな日常の姿……。
「どうしてあの幻影なんだろう、と思いました」
「というと?」
「妖異は私たちを飲み込んで、閉じ込めています。そして幻影を見せました。その行動に意味があるかどうかわからないけれど、何か意思があったとしら何だろうと思ったんです」
「妖異が我々を閉じ込め見せる理由か……」
白石さんは再度指を顎に添えて思案顔になる。その手の動きは癖なのだろう。
今関さんも同じ動きをしているのだろう、スマホからはなにも音が聞こえなくなって、数十秒。
突如、また砂嵐が吹き荒れた。
「まずい、また通話ができなくなるぞ」
『もしもし、聞こ……える?』
「聞こえます!今関さん、妖異を特定するのにどんな情報が必要ですか!?」
砂嵐の音が響く中、せめて何を調べるべきかだけでもわからないと調査は進まないはずだ。
咄嗟に呼び掛けたけれど、妨害の音はどんどんと私たちの繋がりを絶っていく。
『こ、ども……』
「子供?」
『もう……ひとり……こども……探し…………マヨ……イ』
ぷつり。
突然砂嵐が途切れた。
それは、また私と白石さんが現実に戻されたことを示していた。
―――――――――――――――――――――――――――
「もう1人の子供がなんたら、と言っていたな?」
物音ひとつさえしない、永遠に続く廊下の真ん中。
私たちは聞き取った言葉を確認しあうとほとんど同時に首を傾げた。
周りを警戒するために辺りを見回せば、大人の固い靴に踏みしめられて木の床が不満の音を響かせる。
「はい、子供を探せと。ただここには子供は1人しかいないはずです。戸籍を調査して確認済みと聞いています」
「そうだな」
もうひとりの子供を探す。
もし、息子が1人である、というのは『今』の情報であったなら。
『かつて』2人いたことがあったなら。
気になることができた私は、眉間に皺を寄せる白石さんに声をかけた。
「あの……先ほどの幻影について気付いたのですが」
「何かな?」
「母親を呼ぶ声は2回聞こえませんでしたか?」
「ああ、そういえばそうだったな。確か目の前にいた子供が2回とも……ん?
あの近距離にしては随分と大声だったな……同じ声に聞こえたが」
「そうです。同じ声でしたが音量も同じだったんです。
こうは考えられませんか?あの幻影は部屋の外にもう1人子供がいた。
例えば、
アアアアア……アアア……アア……
突如廊下に響く声。
男の子とも女の子ともとれる甲高いその声は、反響音に変わり遠く遠くへ響いていく。
「警戒するんだ。妖気が揺れている。近くにはいないようだが……」
アアアアア……アアア……アア……
「もしこの仮説が正しければ、視えた縁の先はその双子のもう1人じゃないかと思うんです。
つまりこの妖異は、その子供が関わっている」
「ああ、現に君の言葉に子供の声が反応したように思える」
アアアアア……アアア……アア……
「吉川さん、その縁は今視えるか?」
「はい、廊下の向こうに続いています」
「他の幻影から何か見えるかもしれない、扉を確認しながら追いかけてみよう」
「わかりました」
声は一定の間隔をおいて響いていく。
私たちのわずかな隙間を通り過ぎていく。
未知への一歩を少しばかり躊躇しながら踏み出すが、隣の白石さんの足は動かなった。
二歩目で立ち止まった私は、わずかに振り返って彼を見上げる。
「もうひとつ、わかったことがある」
「えっ、何がわかったんですか?」
「この妖異の正体だ。おそらく雫はおおよそ見当がついていて最後に『迷い』と言ったんだ」
「い、いったいどんな妖異なんですか?」
眉間に深く刻まれた皺を抑えるような動きをしたまま、警察の1部隊をまとめ上げる地位の男は重々しく口を開いた。
「『迷い家』……『マヨイガ』と呼ばれる妖異だ……」
ア
アアアアア……アアア……アア……
アアアアア……アアア……アア……
子供の声がまた響いて消えていく。
ア
ア
ア
近くで声が聞こえた気がして、私は思わず前を向いた。
先の見えない廊下の向こうからは反響がなく、どこまでも古びた廊下が続いていた。
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