背後は騒乱のカネが鳴り響く

「友好のご意思、誠にありがとうございます」

「な…」

「佑様の代わりに御礼申し上げます。金田家 次期当主殿?」


「特殊治安局…局長殿…っ!?

 は、はい、それでは私はこれで失礼いたしますっ!?」



ガヤガヤと騒がしさが響く会場。

誰にも気に留められることもなく、男は足早に去っていく。

その背を強いまなざしで睨んでいた局長は、さっと向きを変えて私の後ろを見た。



「佑様、一度お下がりください」

「ああ、吉川、護衛を頼む」

「は、はっ」

「今関はわたしについてこい」

「はっ!」



あっという間に双方歩き出していく。

戸惑っていると、佑様がこちらを睨んできた。



「何をしている、早く」

「はいっ…」



佑様の早足に小走りでついていく。

やがてカーテンと扉を抜けて廊下に出るなり、佑様は私の手首を荒々しく掴んだ。



「ちょっ、痛いです佑様」

じい!ワイングラスの成分を調べろ、早急に解毒薬を!」

「畏まりました。吉川様、お飲み物を拝借します」

「え、は、はい」



開会前に会った老執事が私からグラスを奪っていった。

その間も手首を引っ張られ、私は引きずられるように廊下を歩いていく。

激しい状況の変わりように、私はぐるぐると目を回していた。



バタン!

荒々しい音がしたと思って周りを見てみれば、小部屋に連れ込まれていた。

佑様専用の休憩室か何かだろうか。確かそういう部屋があるって局長が言っていたような。



「吐け!菜子!」

「は?」

「吐けと言ってるんだ!!お前、毒を飲んだのだろう!?」



メイドの恰好をした女性たちが大きなボウルとタオルを持って周りと取り囲んでくるので、私は慌てて両手を振った。



「だ、大丈夫です!」

「何が大丈夫だ!?いいから早く!」

「吐かなくても大丈夫ですってば!」

「はあ!?」



もうしっかり飲み込んじゃってるし!

捕まれていた手首を無理矢理外して、私は興奮状態の佑様の両腕を掴んだ。



「私が無策で毒を飲んだとお思いですか。このくらいの毒であれば問題ありません」

「他の人間には問題ない量でもお前は違うんだ!そんな身体で耐えられるはずがない!」

「言われなくてもよくわかってます!その上で問題ないと言っているのです」

「はん!お前の言葉なんて信じられるか!」



私の言葉が信じられないってどういうことなのか。

何となく私の心の中からふつふつと怒りがこみ上げて、ついつい語尾が荒くなる。



「私の言葉が信じられないとは?」

「お前は昔っから嘘ついて無茶ばかりしてきたじゃないか!」

「今と昔は違います。落ち着いてください、王子」

「……本当に嘘はついていないんだろうな」



疑り深い目に睨みを効かせて返せば、佑様は震える音を鳴らして息を吐いた。

私の手を解くと、仕返しとばかりに両肩を握りしめるように掴んでくる。

そして乱暴な動きで私を椅子に座らせた。

力に勝てずそのまま腰を下ろしてみれば、ふわりと包むような高級な椅子に迎えられる。

…これは佑様用にあつらえた物では。



「立ち上がるな、動くな、水を飲め」

「わ、わかりました」



メイドから手渡された水をごくごくと飲む。

一気に半分まで胃に流し込めば、佑様は落ち着いた様子で近くの小さな椅子に腰を掛けた。



「まあいい。解毒薬が来るまでそこにいろ。局長たちが来るまで俺も居る」

「私のことはお気になさらずに、佑様は早く会場に戻らねば」

「問題ない」



それに。

佑様は先ほどの勢いを完全に失ったように、小さな声を出す。

肘を膝に乗せて手を頬に当てる姿は、小さい頃から悩んだ時の癖だと思い出した。



「何もできないのはわかっている、でも、お前の命を危険に晒した俺に…何かさせてくれ」

「……」



ありがとうございます。

呟くような声しか出なかったけれど、佑様は確かに応えた。



「ん」




それから激しい音を立てて扉が開いたのは、10分が経った頃だった。





――――――――――――――――――



「吉川、無事か!!」

「うわっ」



び、びっくりした。

私は声を上げた振動で、3杯目の水をちょっと零した。

もらっていた柔らかいタオルでぽんぽんとドレスを叩いていると、恐ろしい空気を感じて、顔をあげる。




そこには般若の面、というより般若そのものの幼女がいた。



「……」

「見たところ無事のようだが、何を仕込んだのか話してもらおうか」

「……」

「今すぐ雪園室長を呼び出し、お前を病室に押し込めても良いのだぞ?」


「…今、術を使って毒を無効化しています」


「ふん、やはりか。

 詳細を報告せよ」

「はっ」



私は言われるまま、佑様の視線を感じながら説明をした。



戦華繚乱の1つ 『暴食』

それは止まらない食への渇望。

身体に憑りつかせることで飲んでも食べてもお腹が空く地獄のような状態になるが、その代わりひとつ便利な能力が得られる。


それは万物を自身の栄養へと変えることだ。

毒でも同様。無害にして身体の中で消化ができる。


といっても、身体に支障が出ないまで無力化するには1日かかるけど。



話し終えたあと、静かになった空間に響いたのは、局長の長い吐息だった。



「…理解した。つまりお前は今、毒による影響はないんだな?」

「はい」

「まったく心配をかけさせおって…先に言えば良いものを!」

「も、申し訳ございません!」



局長の怒りは最もだ。

慌てて頭を下げようと立ち上がった瞬間、四方八方から制止の声が飛ぶ。

すみません…と椅子に座りなおす私の声は小さかった。



「まあ良い。だが念のため解毒薬は飲め。毒の解析はもう終わっているからじきに届くだろう…さて」



近くにいたメイドに足してもらった水を口に含みながら、局長の思案顔を見つめる。

しばらくして脳内の整理が終わったのか、ひと呼吸すると佑様に向き直った。



「佑様。畏れ入りますが吉川は護衛から外させていただきます」

「構いません。ゆっくり休ませてください」

「感謝いたします。今関、1人で悪いが頼む」

「はっ」



立ち上がった佑様は私の方をちらりと見ると、出口に向かって歩いていった。

すぐ後ろを今関さんが後を追っていく。

扉を開ける前に立ち止まり、こちらに振り返った。



「頼むから、しっかり休めよ」



バタン。佑様は扉を鳴らして去っていった。

メイドも一緒に退出したので、この部屋には私と局長の2人きり。

まっすぐ佑様が座っていた椅子に向かって腰かけると、彼女は浮いた足を揺らした。



「予想していたとはいえ、本当に佑様に毒が盛られるとはな」

「はい」

「しかもお前が飲むとは…近くにわたしもいたのだぞ、助けを求めればいくらでも回避できた」



局長から直々にお説教。

だけれど今回だけは私にも言いたいことがある。

思わず正直に自ら飲んだ理由を口にした。



「私の代わりに毒を飲もうとしている上司にそんなことはできません」



今関さんと2人で決めていたんでしょう?

そういうと、局長はやれやれと肩をすくめた。



「視えてたか?」

「…いえ、ただのです」

「ふふ、そうか、お前も吉川家の人間だからな。そういうことにしてやろう」



飲み干して、空のグラスに継ぎ足す。

水の音だけが静かな空間に流れて数秒、局長はもう一度くすくすと笑いだした。

にしても、という声は先ほどよりもずっと明るく、少女のようだった。



「随分と面白い展開になったな」

「…面白い、ですか?」



局長はニカッといたずらっ子の顔をした。



「よりによって悠江殿下の誕生パーティで毒を盛り、よりによってその毒を『縁視』が飲む、更によりによってその縁視は雪園家ゆかりの者。

 ふふっ…何が起こるのか楽しみで仕方ないぞ」



今日1日、局長と話してきてわかったことがある。

様々な表情をするけれど、どれも愛想からきているわけではなく、正直な言葉。

そして、



「どうなるのですか?」

「ふふん、よく聞け吉川、話してやろう」



局長曰く面白いものに関してはかなり正直に話してくれることだ。

もうちょっと私を怒っても良いのではと思うのだけれど、触れないでおこう。



「まず今、吉川が毒物を飲んだことは悠江殿下の耳まで入っている。というか入れてきた」

「…もしかして今関さんと一緒に別行動したのは、殿下のお耳に入れるためにですか?」

「もちろんだ。

 前にも言ったが致死量でない毒物など特別大ごとにもならん。だが今回は違う、『縁視』が服毒する羽目になったから殿下はたいそうお怒りだ!ただじゃあ済まないだろうなあ」



なるほど。ということは私がこうして水を飲んでいる間に犯人捜しが行われているというわけか。



「次に雪園家、おそらく殿下の後に情報を手に入れただろうな。

 丁度直前まで話をしていたのは真琴殿たちだ。殿下への報告に呼ばれて知っただろう」

「大して時間は過ぎておりませんが、もうそこまで捜査が進んでいるのですか?」

「ああ、そしてお前の無事も伝わっているだろう」



一体どうやって、と言おうとした私に局長はしっ、と短い息を吐く。

そのまま扉の向こうをちょんと指した。


…なるほど、『耳』ってやつかな?



「騒がしくなる前に休むと良い」

「いえ、身体の調子は別に…」

「いいからいいから」



花王院局長はとことこと私の前に来て腕を掴むと、驚くほど強い力で引っ張った。

思わず立ち上がった私は、そのまま近くのソファに座らされる。

先ほどの椅子と同じくらい深く沈み込みバランスを崩した私は、肩を押されて体勢を崩す。


ぽすん、と音がしそうな衝撃を身体に感じた時にはもう、クッションに頭を預けて横になっていた。



「眠れ。じきに騒がしい声で目を覚ますさ」

「きょく…ちょ…」



突然意識が飛びそうになる。

私は驚いて身体を起こそうとしたが、だるさが勝ってしまい、指1つ動かない。

ぼやける視界の中、確かに少女の笑顔だけが見えていた。



「わた、しは…」


「…さて、可愛い部下をいじめてくれた落とし前、つけさせてもらおうかね」



そんな声を最後に、私は深い眠りの世界へ隠されていった。

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