第57話 初めての友人

 誰でもいいから愛して欲しい。

 そう言ったリリエルの表情は切羽詰まったもののようにも、痛みを堪えて泣く寸前の子どものようにも見えた。


「それに関しては分からない、と答えるわ。リンと最初に出会った時も適当に情報を抜いたら後はさようならしようと思っていたもの」


「……クロエさんは、その、心ってあるんですか?」


 失礼な、世間体や社会法律を一旦無視して純粋な自分の要望だけをとりあえず伝えているだけよ。

 そこから肉付けする要領で、道徳観であったり倫理観、周囲からの批判などを考慮していって当たり障りない回答を作っているだけだもの。


 ここは異世界で、倫理観がゆるゆるだからそう言った面を考慮せずにそのまま出力しているだけで、一応私も一般回答は知っているつもりだ。


「あら、リンとのやり取りで私が愛深い人形だと言う事は理解して貰えたと思うけれど?」


「なんの話してるの?あたし抜きで」


 リンが一通り楽しんだのかこちらに戻ってくる。


 リンの座る椅子はあるのだがそちらには座らず私の膝の上に向かい合う形で座り、体をすりすりと擦りつけてくる。


 多少は人の目を気にしないのかしらこの娘は……。


「ちょっと腰を押し付けないで頂戴……。座りづらいのよ、リン」


「んんぅ゛〜、もっと背中トントンしてぇ」


「……」


 一頻り私に甘えたのかリンは僅かに密着を解き、改めて何の話していたのか私に聞く。


「リリエルの過去についてちょっとね。それと・・・私達が羨ましいって話よ、愛されていて」


 リリエルの口から再度自身の過去が語られる間、リンはじっとリリエルの方向へ首を向け、見ていた。


「……ですから、その、リリエルは二人の事が羨ましいのです。誰か、リリエルを……愛して」


 最後に縋るように語った言葉は私達二人にというより、リンに許可を取るようなニュアンスに感じられた。


 リンは私に向き直り、じっと目線を合わせたまま停止する。

 そしてゆっくりと言葉を吐き出す。


「正直……リリエルの事は嫌いじゃないよ?さっきあたしの手を取ってくれたし。似ている過去を持っているし」


 でも、と続けるリンの表情はとてもつらそうで、私を今まで以上に執念の籠った視線で見つめてから告げる。


「その、クロエがあたし以外を見るかもしれないのは……複雑かも」


 妹や弟が出来た時の上の子に似た心境だろうか、家族が私を構ってくれる頻度が減ってしまうのを恐れる、そんな感情だろうか。


 私にほぼ依存していると言ってもいいリンの心境を思えば、嫌だと最初から突き放すのでは無い発言が出るだけでも物凄く頑張っている。


 だがリンとて意地悪でそう言っている訳では無い。

 その表情は申し訳無さで溢れ、口からはどうしようという単語が小さく漏れている。


「リリエルの気持ちも、分かるんだよ?独りは辛いよね……クロエと出会う前のあたしみたいな状態だもんね?」


 困り果てたリンは私に意見を求めた。


「どうしよう、クロエ。あたし、どうしたらいいの?」


「んー、こっちでもいろいろと試してはみるけれど……。とりあえず一緒にいる期間、伸ばして様子見してみる?嫌になったら言ってくれたらさようならでいいんじゃない?」


 最悪の策というか、付与や生産魔法を試す内に出来たモノはあるのでそれで対応は出来る。


 だがそれは本当の最悪で、出来る事ならば我慢や譲り合いの精神などを学べる折角の機会なのでリンには頑張って欲しい。


 リリエルには聞こえないようにそっと耳打ちしてリンに伝えてみれば、こくんと小さく頷いて頑張る……とあまり気乗りしない返事が返ってくる。


「それにね?もしかしたら貴女の友達になってくれるかもしれないわよ?私はほら、リンやリリエルと違って辛い過去は無いから、そこはどうしても共感出来ないから」


 私とは出来ない相談とかも出来るかもよ?とリンに悪いことばかりじゃないと、違う視点もあると指摘する。


「うぅ……本当にそう思う?」


「もちろんよ、きっといい友達になれるわ。さぁ、じゃあリンの口から直接言ってあげないとね?」


 リンは私の膝からそっと離れてリリエルと向き合う。


 リリエルからは私達の秘密の会話は聞こえてなかったようで、何か分からないといったような面持ちでリンを見つめる。


「リリエル、リンから一つ提案があるみたいなの。聞いてあげて?」


「えっと、はい。なんですか?」


 リンは一度だけこちらを見、覚悟を決めた様にリリエルと会話する。


「その……愛して欲しい、っていうのはあたしにはどうしようも無いけれど、その……友達には、なれる、よ?」


 不器用に、とても友達になってと頼む言い方では無いがリンなりの方法でリリエルにそう言う。


 リリエルはその発言に最初こそ驚いたが、やがて言葉の意味を理解すると小さく一言だけ


「いいの……?」


 とだけ呟く。


「うん……クロエが言うには、きっと友達になれるって。リリエルのお願いとは違うかもだけど……うわぁっ!」


 最後まで言い切る前に、リリエルが感極まってリンに抱き着いた事によって言葉は遮られてしまう。


「いやっ!ちょっとっ、折角クロエの匂いで満たされてたのにっ〜やめてぇ〜」


「ありがとうっ……リリエルと友達になってくれてっ……ありがとう」


 話を聞いてよっ!とリリエルの抱擁から逃げようとするリンと涙を流しながらリンを抱きしめるリリエルの格闘は暫く続いた。


 というかリン……?私とよく密着していると思ってたけどマーキングも兼ねてたの?


 このまま二人楽しくしてもらっててもいいのだが、そろそろ止めるか。

 依頼である賊の対象は進捗だけで言えばやっと中盤あたりだ。これから本拠地に攻め入らねばならないのだから。


 リリエルの肩を優しく叩く。


「ほら、リンが嫌がっているのだからその辺にしておきなさい?それにまだ依頼は終わっていないのだから、これから賊の本拠地攻めよ?」


 するとリリエルはパッとリンを離して謝る。


「ごめんなさいっ、リリエルってば、嬉しくって」


「うぅ、まぁいいけどさぁ」


すんすん、と全身の匂いを嗅いだリンはクロエの匂いがぁ〜、と軽く呟いてから私達三人の馬車に戻っていった。


「さ、リリエル?移動には私達の馬車を使うから乗って?二人用で作ったから少し狭いけれど、この依頼が終わったら増設するから我慢してちょうだい?」


 馬車の入り口、長方形のやや大型の馬車の背面に設けられた扉を開ける。

 リリエルの手をとって中へと案内する。


 リンが仲間だと、友達だと認めたのなら私にとっても仲間で友人だ。


 さっきまではリリエルは部外者であり、知らないヤツだったが今では違う。

 リンが信用したのだから私の能力も惜しみなくリリエルに提供しよう。


 まずは馬車だ。

 リンは常に私といたいと言うから個室は用意していないが、望むなら馬車を更に大型にしよう。

 そうして、決して大きくは無いが個室も用意する事も視野に入れる。


 ああでも、なら例えリンがいらないと言ってもリンのためにも個室を用意すべきね。


「?どうしたのリリエル?」


「えっと、さっきと態度が違いすぎて……」


「あぁ、ね?私、外部と内部は分けてるの、徹底してね。でも今やリリエル、貴女も家族よ。家族に優しくするのは当然じゃない?」


 かの串刺し公も領民には大層優しかったらしいじゃない?

 共感できるわね。外敵には容赦無く力を振るい、流血を強いり、民の為に自らの血を厭うこと無く流す。


「信用出来なくてもいいわ。これからの行動で、貴女に信用してもらうから。その最初の一歩として、私達の秘密を、貴女に見せるわ」


 生産魔法、付与魔法、地球由来のこの世界には過ぎた技術と製品。

 それらを惜しむ事なく提供するつもりだ。

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