第78話 レベル差
「あとちょっとでこっちと遭遇しちゃうよっ」
忌々しい、と小さく呟きながらぴょんぴょん、と私に向かって小さくジャンプし、フードを着せようとするリン。
片膝をついてしゃがみ、それを受け入れながら、
「リン、敵はただの猿どもよね?」
敵の情報を聞く。
この場合の敵とは、人間と猿の魔物だが。
「うん。そんなに数は多くないはず」
「クロエさん、どうしましょう?」
根を地面から出しながらリリエルが聞く。
喧嘩っ早いわね、うちの子達は。
よいしょ、と私に人と会うときにいつも被っているフードを着せ終えたリンは恐らくは人間と、それを追う猿どもがいるであろう方向を見る。
亜人である、それも獣人であるリンの五感、特に聴覚と嗅覚は優れている。
私の耳ではまだ何も聞こえず、見えない。
「も、もういっそリリエルの根で……」
「リリエル、殺しの手段が手に入ったからって安易に人を殺める判断は関心しないわよ。貴女なら人間がどれほど執念深く、面倒か知っているはずよ?」
せっかくの強力な魔法が自分にあるのだと判別したのだから使いたいのは分からないでも無い。
リンにしろリリエルにしろ、人間という種族に対して良い感情を持っていないのは分かる。
だがそれを振るうのは最終手段だ。
生命に敬意を払えないの者は碌な末路を辿らない。
例えそれがどのような命であれ。
もし同じ言語を扱えるのであれば一度は投降を、和解を提案する。
殺害は最終手段だ。
「猿どもはリン。貴女に任せていいかしら?」
「ん、まっかせてっ!」
「リリエル、人間が表れたらそいつらの足元、地面の中に根を待機させておいて貰える?いつでも貫けるように」
「……はい」
……ままならないわね、まったく。
復讐やこれさえあればあいつらを簡単に殺せる。
そう思ってしまうのは至極普通のことであり、それを抑えるのは難しいだろう。
市井を生きる特別な事の無い人間、あるいは亜人ならば当然の反応だろう。
暗い感情を御せる聖人君子などごく限られた一部にすぎないのだ。
誰しも暗い一面や他者に見せるべきで無い醜い部分を持つものだ。
「怖いものは全部初めに消してしまえば……もう怖くないですよね?」
「大抵の場合はね。でも人間の場合はまた別の人間が色んな理由でやってくるわ」
リリエルは暫く考え込んだあとに、人間って面倒ですね。とだけ疲れたように零した。
人間というより、感情、言語、それらの概念を持つ生命体が厄介なのよ。
とは言わないでおいた。
「来たよっ!」
剣呑な雰囲気を纏いながらリンが私達に告げる。
人間が二人、その後ろに猿が三匹。
……猿三匹程度に二人掛かりで負けたの?
嘘よね?
人間は随分とボロボロのようで、腕やら足やら、間違った方向に曲がっていたり血がとめどなく流れていたりしていた。
「お、お前はっ、あの時のギルドのっ!」
「……?」
こっそりとリリエルに耳打ちして聞く。
「私知らないんだけど、会ったこと無いわよね?」
「クロエさん、ギルドでリリエル達に絡んできた人間ですよ」
んー……うん。そんなのもいたわね、多分。
関心が無いものに対しての興味が極端に薄いせいか、全く引っかからない。
「まぁいいわ。リン、頼むわね」
はーい、ゆるーく返事したリンは大盾を振り回す。
先頭を征く猿を大盾をあたかもガントレットのようにして拳を振るう要領で叩きつける。
そのまま大盾を少しだけ角度を調整し、大盾の前部に取り付けた付与石から一瞬眩く閃光が走る。
目が潰れた一匹の頭を掴んで膝蹴りを喰らわせ、すかざすもう一匹を大盾をぶつけて串刺しにする。
大盾の前面にハリネズミのようにして配した棘と、その奥につけた閃光手榴弾のように激しく発光する付与石、それらをリンは実に上手く使いこなしている。
レベルが上がればその分身体能力も向上する。
リンのレベル十三から繰り出される膝蹴りはもともと亜人であった為か筋力か五感に優れる事もあり、それなり以上の威力を誇る。
そのせいか最期の生き残りの猿は不細工な顔面をこれ以上不細工に出来ない程に醜くさせて未だ一階層の遺跡群、その建物の壁に寄りかかるようにして動けずにいた。
「それで最期?」
それっ!と気合のいまいち篭っていない掛け声と共に廃墟の壁を大盾で適当に壊し、丁度よいサイズにしたそれを投げつける。
バケツに入った絵の具をぶちまけるようにして廃墟の残骸とぶつかった猿が潰れて血が飛び散る。
「お疲れ様、らくしょー、って奴ね」
「うんっ!らっくしょーっ!」
リンを労いつつ、リリエルの方をちらと見る。
リリエルはそれに僅かに頷いて、それから自身の手を見る。
しっかりと地面にはリリエルの植物魔法の主根が、根が待機しているようだ。
「さて……?他者に魔物を擦り付けるとは、関心しないわね?」
睨みと共に人間二人を見る。
一人は全く記憶も無いがどうやらギルドで私達に絡んできたらしい青年。
どうでもいいものに関しての記憶力の無さはどうにかした方がいいわね、私。
もう一人は田舎の臭う戦力にはならなそうな女。
二人は私の言葉を聞いていないのか、リンの方を見ていた。
「あ、あんなあっさり……。ず、ずるいですよっ!」
「あ゛ぁ?」
おっと私とした事が。
はしたない声が。
「亜人のクセに、しょせん家畜のクセにっ!」
自分達人間種の弱さを認められなくて、亜人の生まれついての優位を認識したくないのか喚き出す青年。
それは差別対象である亜人が、という部分も手伝っているのか、自らが家畜と呼んでいた亜人。
その家畜が、人間である自分達が苦戦していた相手を簡単に倒した。
であるならその家畜ですら簡単に倒せた相手を倒せなかった自分はなんだ?と。
「ぼくはっ!英雄になりたいのにっ!こんな家畜ごときにも負けるのかっ!」
あぁ、思い出した。
身の丈に合わぬ愚かな夢を抱いていたあの青年か。
思い出した途端に目の前の青年が気持ち悪く見えてきた。
奴隷は奴隷、民は民であり、自らの身分を超えた夢など持つべきで無いのだ。
農奴か農民かは知らぬが、生涯をその小さな農地で、生まれ育った村こそが世界の全てであるべきだったのだ。
「どうでもいいのだけれど、私達に魔物を擦り付けた事に対しての補填がほしいわね」
「そ、そんなっ」
私の発言にもう一人いた人間、女の方が言葉を発する。
「私達はあの魔物達にすでに三人も仲間をやられているんですよっ!?逆に貴女達が私達に補填するべきじゃないんですか?」
なんで私が補填しなきゃいけないのよ。
そう私が口に出す前に女は止まらぬ口のまま聞いてもない事をべらべらとヒステリックに喋りだしていた。
やれ私達が可哀想だと思わないのかだとか。
やれ私達が早く助けに来れば三人は死なずに済んだ。
五人全員生き残れただの。
「ていうか五人もいたクセに負けた訳?」
「クロエさん、クロエさん。魔物とのレベル差が同程度の場合はレベルを抜きにした純粋な身体の性能で勝敗が決まるんです。だから……」
「あぁ、なるほど?じゃあ素のスペックが弱い人間はレベルを余程上げないと死にやすいのね」
その点亜人は筋力であったりあるいは固有の魔法が使えたりなど、人間種よりもあらゆる点で基本スペックが優れているので死亡率が少なく済む。
「話にならないわね。ていうか、キンキンと五月蝿いわねこの女」
いつまでも喚き続ける女にいい加減にうんざりだ。
さてどうするか……?
このまま無視して帰ればこの女がギルドにある事無い事告げられるだろうか。
多分だが人間と亜人では言い分として人間の言い分のが信じられるのだろう。
擦り付けられたと言っても聞き入れられる可能性は薄いな。
業腹だがこの女の言うとおりに金銭なりなんなりの補填をしたとしても、それに味を占めて何度も集られる未来は分かりきっている。
さてはて……どうしようか?
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