第77話 課題

 その後、私達三人は一階層での戦闘を繰り返し続けた。


 といっても私とリンはこの階層での戦闘は慣れきっており今更得られるものが無いので、主にリリエルの戦闘訓練や能力の習熟を目指したものだが。


 根の操作自体は上達しているようで、試しに私が作った小さな輪っかに根を通さしたりなど、精密操作の上達や、廃墟の壁の表面を削る程度には威力も出せるようになった。


 だが一つ問題があった。


「リリエル、大丈夫よ。一匹抜けた程度だから、あとは私達が……リリエル?リリエルっ」


 独りで生きてきた弊害か、他者を頼る。という選択肢が抜け落ちているのだ。


 今も設置した地雷を運良く抜けてこちらに来る猿の魔物を確認したリリエルが、躍起になって根を鋭く槍のうよに束ねて必死に突き刺して対処しようとしている。


 私はリリエルの肩を極力優しく、触れているかそうでないかの瀬戸際を意識して、軽く触れる。

 決して怒っている訳では無いと、ただこちらに気付いて欲しいのだと分かってもらえないだろうか、と想いを込めて。


「っ!?あ、クロエ、さん……」


「私とリンがいるのだから、落ち着いて?独りでやろうとしなくてもいいのよ」


 根の操作を行っていたリリエルの手を取って強制的に操作を中断させる。


 その間に猿の魔物はリンの手に、いや大盾によってあっさりと刺し貫かれ処理は終わっていた。


 苦しそうに、後悔と自らの失敗を恥じるような表情を浮かべて私をじっと見るリリエル。

 その口は開閉を繰り返し、言葉が言葉になる前の段階を幾つも描いては、それを破棄してを何度も続けていた。


「大丈夫よ、完璧に殺れなくて焦ったのよね?」


 言葉の代わりに必死に頭を上下させるリリエル。


「誰にだって失敗はあるものよ。私にも、もちろんリンにも。だから間違ったり失敗してしまっても焦らないで、私達に助けを求めてもいいのよ?」


 今の彼女には恐らく難しい事だろう。


 私も過去はそうだったが、自己愛や自己評価が低い者は完璧に物事をこなそうとしてしまいがちだ。

 それは他者からの評価、もっとわかりやすく言えば褒められたい、頑張ったと言ってほしいという思いから来るものが多い。


 ちゃんとしたら褒めてくれるだろうか、もっと頑張れば認めてくれるのか、そうした思考から自分で全て抱え込んでしまったり、他者にもそれを強要した結果、あきれつを生んでしまう。


 そうしたものの多くが、幼少期からの経験である事はほとんだだ。


「もろちん今すぐにとは言わないわ。初めての家族で、初めての身内、まだ咄嗟に助けて、と言っていいのか戸惑ってしまうのはわかるわ」


 私の言葉を必死に理解しようとする小さく、新しい家族を優しく抱擁する。


「でもね、少しずつでいいから分かって欲しいの。私達がいるって事をね」


「……はい」


 絞り出すようにしてそれだけ言ったリリエルの声色は少し落ち込んでいるように聞こえたが、それに触れてもいいか判断がつかなかった私は代わりに別の話をすることにした。


「私も腕を生やしすぎて脳が処理しきれなくなってリンに助けてもらったりしてるしね、助け合いよ、助け合い」


「あの時のことー?あれは大変だったよねー」


 クロエのおっちょこちょいー、と茶化すリンに何も言い返せずにただ拗ねてます、と視線でアピールするしか無い。


「リンにもこんな時期が少しだけあったのよ?」


 お返しにリンの失敗談を話してやる。


「ちょっ、ちょっとクロエっ?あたしの話はいいでしょ?」


「んー?そうねぇ、私が止めても聞かずに猪にリベンジかまそうとして吹っ飛んだ話なんていいわよねー?」


 言ってる!言っちゃってるじゃんっ!と肩を掴むリン。

 揺さぶれるままになりながら、その時の事を少し思い出す。


 まだ私とリンの二人だけだった頃、そろそろ二人での狩りにも慣れてきたときに、リンの初戦の相手である六本足の猪に出会ったのだ。


 リンはどうやら成長した姿を見てもらいたくて、褒められたくて自分一人でやろうとしたらしく、連携もほっぽり出して突撃してしまった。

 結果は散々だった。


 大盾をしっかり構えていたから良かったものの、見事に空中で弧を描いて飛んでいくリンと、タンク役のいなくなったアタッカーの私。

 ゴリ押しにゴリ押しを重ね、後が無くなったヤクザのカチコミも驚きの無茶突撃でその場は事なきを得たが、体のあちこちが破損していたのを覚えている。


「お二人も、その、そんな事が?」


「ええ、最近だとこの一階層で……」


「わーっ!だめだめだめっ!クロエはその綺麗なお口閉じててっ!」


 ふさふさの耳の、その先までも真っ赤に染め上げたリンからの素敵で可愛らしい妨害によって止められる私の口。


「り、リリエル?今のクロエの話は忘れてねっ?クロエはともかく、あたしは最近そんなに馬鹿なことしてないんだからっ!」


「えっと、はい……?」


 困惑しつつもリリエルはそれに頷く。


「ふふん、リリエル?もしリンの可愛いお話が聞きたかったからこっそり私のところに来てね?」


 リンの背後から抱きつく形で覆いかぶさりながらリリエルに軽く語る。


 あ、やばいわリンそれは駄目よ。


 少しだけ調子に乗りすぎたのかリンからぽかぽかと叩かれてしまう。


「まぁ、そういう訳でね?リリエルはとりあえず私達に頼る、助けを求める、を目標にちょっとずつ頑張ってみましょう?」


 撫で撫でが足りないぞー、とご立腹のリンの頬を撫でながらリリエルにとりあえずの課題を言い渡す。


 戦闘では連携こそが肝要だ。

 それが強固であればあるほど戦闘は有利に進み、逆に脆弱であればそこを突き入れられ崩れる。


 それに単純な話、せっかく家族と私達の関係を定義したのなら、仲良く行きたいもの。


「難しく聞こえます……」


「一度だってしたことが無い事をして、と要求しているのだから、そうでしょうね」


 でも、と続けて言う。


「リリエルなら出来るはずよ。私も手伝うから、やってみない?」


「……分かりました」


「うん、良い子ね」


 リリエルの返事を聞いて、私は両手を広げておいで?と促す。


 リリエルはそれに躊躇いがちに歩みよってくると、ぽす、と身体を預けてくる。

 頭、撫でるわね。と一言断りを入れてからリリエルの深緑の、未だに少し荒れが見える髪を撫でる。


 この髪も私達との生活を繰り返せばいずれ綺麗な髪に戻るだろう。

 近くで見れば肌も乾燥がちだ。


「今日はもう帰りましょうか。だいぶと時間も経ったし、そろそろ夕方ぐらいかしら」


「わかったっ、ふんふーん。今日の晩御飯はー?」


「今日は……どうしようかしら。玉ねぎがあったわよね、ええと……お肉、あれはなに肉かしら。無難に野菜炒めとか?」


 玉ねぎはスープでもいいわね、リンが植物魔法で色々と家庭菜園してくれてるから一通りの野菜類は揃っているわね。


 玉ねぎと、肉と……、あぁ、コンソメって自作出来るかしら?

 あとにんにくと、なんだっけパセリ?あったはずね。


「コンソメスープでも作りましょうか、なら」


 素材は十分あるはず、最悪足りなくても生産魔法で不足分をMPに投げればいいはずよ。


「こんそめー?なにそれー」


「とっても美味しいスープよ。きっと気に入るわ」


 でも食べ盛りの年齢だから重い物も必要かしら。

 からあげでも作る?


 んー油の処理が面倒ね。

 まぁ仕方ないわね。


「とりあえず帰りましょうか。帰りにちょっと創世樹街の通りを見ておきましょう。何かあるかも」


 私がそう言って先頭を歩き始めたその時、いつもならすぐ横を歩くはずのリンがついて来ない事に気付き、振り返る。


「……クロエ、近くで戦闘が。足音が混ざってよく分からないけど多分人間が……複数?あとは猿かな?」


「……分かったわ。無視してそのまま帰りましょう」


「うぅん、それがね……多分このままだとこっちに来る。猿ごときに苦戦してるみたいで、逃げてるんだと思う」


 厄介事を避けようとしても厄介事の方から擦り寄って来るなんて、まるで金の無心に来る腐れ縁の知り合いみたいね。

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