第76話 地雷
「リリエル、これなら戦えそう?」
両足を破壊され、機動力の死んだ猿ども指して言う。
残った四肢、両手でずりずりと動く三匹は、なおもこちらに向かう者もいれば何処かへ逃げようとする者もおり、連携などもはや無かつた。
「はい、もうリリエルを傷付けれないですから怖くないです」
足の半ばから壊れ、赤黒い肉の隙間から覗く骨を見ながらリリエルは冷静に感想を述べる。
自分を害する存在というものが怖いだけであり、それさえ無くなれば戦場でも比較的冷静にいられるっぽいわね。
後は慣れね、しばらくこのまま戦闘に参加させ続ければ戦力としての自覚と自信が付くだろう。
「あー……お腹減るねぇ、お肉食べたい」
「リン?貴女あれ見て食欲湧くの?」
え、湧かないの?と半ば死に体となった猿の足の断面を見てのお腹減った発言に、思わず聞いてしまう。
ちょっと逞しすぎない?
いや、一々「かわいそうでしゅ〜」とか「グロい〜」とか気色の悪い偽善ぶった発言をされるよりは数百倍良いのだが……。
動物の狩りなんかにそういった感想を漏らす奴の気がしれないわ。
狩りは本来神聖な物なのに、そうして命が循環され、生命は常に混じり合って世界を回しているのに、それを否定する様な発言にはいつもうんざりさせられる。
「リリエルも……お腹空きました。あの猿って食べれるのですか?クロエさん」
「そこのところどうなのリン」
「ん?筋が多いね、昨日のハンバーグの半分も美味しくないよ」
胃や喉が無い無機物の私に代わってリンに答えてもらう。
リンにはあまり好評では無いようだが、だからといって殺した命を放置する事などあり得ない。
殺したなら、喰う。
食事以外の殺しは基本はしない。
流石にこちらの命を狙う存在に対しての抵抗としての物や、生命の循環、自然の摂理から反している人間は例外だ。
寝ても覚めても戦争やら処刑やらで殺しをしている種族にまでこれを適用する理由は無い。
殺した猿から生産魔法で革や肉など、必要な部位に分ける。
こうした作業も私のそういった持論から来るものだ。
一滴でも多く、どれだけ少量であろうと活用出来るならする。
生前どれほど憎い、鬱陶しいと思った魔物でも死ねば等しく骸であり、等しく価値がある。
「これも使うんですか?」
「ええ、勿論。リリエル、これは私の持論で、わがままかもしれないけれどね?殺した命を無駄にする様な事は基本私はして欲しくないわ」
ほんの僅かに顔を上げて私と視線を合わせたリリエルは私の言葉に頷く。
「殺したなら喰う、食事や生存以外での殺しは駄目よ。人間のように、楽しみで殺すのは獣以下のケダモノ、それを分かってほしいの」
「分かりました。リリエルも人間みたいにはにりたく無いですから。あいつら、処刑の時なんて大勢でそれを観戦したりするんですから」
あぁ、確かに昔は処刑は娯楽だったっていうものね?
いやまぁ、割と現代でもそうだとは思うけれど。
SNSとか見てたら割と人間って昔から進化や進歩をしていないのねって分かるわ。
あいつは〜だから死んでもいいとか、死ねばいいのに、とかその他にも豊富な語彙力を余すことなく他者を排除する事に使ったりするものね。
「知ってますか、クロエさん。あいつら処刑人が上手く斧で首を落とせなかったら処刑人に石を投げて野次を飛ばすんですよ」
「あぁ、そうらしいわね」
首を切る。と一言に言ってしまえばそれまでだが、それほど容易い事では無い。
皮膚、筋肉、骨、それら様々なものが重なり、更には緊張や死への恐怖によって筋肉が収縮し硬度を増している。
処刑人とは存外に技量が要求される職業であり、また失敗すれば野次馬からの心無い批判や暴言に晒される職でもある。
「殺しを娯楽にするなんて、やっぱり人間ってクソ?」
「クソですよ」
「こーら、お口が悪いわよ?」
変なところで共感する二人にストップを掛ける。
「はーい。ところでさ、あの最期の一匹はどうするの〜?おびえて隠れてるっぽいよ?」
猿からしたら急に仲間が一気に三匹、ぱっと見何もしていないのに殺されたのだ、息を潜めて敵が去るのを待っているのだろう。
「彼我の戦力差を図る事をしないのかしらね、あれらは。ちょうどいいわ、リリエル。あの実を付けたまま根を動かして直接ぶつけてみて?」
地雷を設置して待機するのではなく、地雷を持った左手を相手の顔面に押し付けて起爆するスタイルで、そんなイメージでリリエルに指示を出す。
リリエルはリンからのあっちだよー、という指差した方向を確認する。
一階建ての所々崩れた廃墟、そこが臭うというリンの言葉を受けてリリエルは根を一本、自身の足元に出す。
「リンさん、お願いします」
うん、と短く答え根の一部に品種改良を施し実をつける。
すぐに硬く、地味な色合いの実が付き、リリエルはそれを確認してから根を猿が隠れているであろう場所へと伸ばした。
伸びる根は弾丸と等しいか、それよりもほんの少し遅いかという速度で廃墟の中へと襲い掛かり、根につけた実が廃墟の中に入り見えなくなって少し間をおいて、実が爆発した。
「わおっ!?……およー?」
廃墟の窓や玄関口、崩れて空いた隙間から骨や血などが飛び散り外まで漏れ、リンがそれに口に手を当てて驚く……フリをする。
廃墟の中がしん、と静まりかえりなんのアクションも無い事を気にし、中を覗き込むリン。
「あはっ!死んじゃってるよー、リリエルの新武器は中々えげつないみたいだねクロエ」
「そう作ったからね。殺気も気配も無い攻撃に、敵の接近に対して自動的に反応して爆発し、負傷させる。うん、上手く行ったわ」
リリエルが私の側に寄って、
「リリエル、役に立ちましたか……?」
と確認してくる。
「もちろんよ、リリエル。これからはリリエルの力も頼っていいかしら」
全部してあげる、なにもしなくていいよ、では人は成長しないし、そこに信頼は生まれぬ。
やってみせ、見て褒めてやらねば、というやつだ。
なによりリンもそうだが、頼りにされてる、自分を必要としてくれる、という事実が圧倒的に不足している二人にはこうやって積極的に助けて、と私から言ってあげる必要があるはずだ。
「あのねリリエル」
「はい?」
「私がリリエルにもレベルを上げて欲しい、戦闘に参加して欲しいと願うのは、何も貴女にも役に立ってもらわないとっていう願いだけじゃないの」
もちろん偽らざる本音として、タダ飯喰らいは御免だという思いもあるが。
それはそれとしてリリエルには本音で、誠実に話す必要がある為、レベル上げの理由は目的もしっかりと話し合っておく。
「私達亜人や異形は、人間達に良いように使われて捨てられる弱い立場にあるのは知っているわよね?」
一旦言葉を切り、リリエルに確認を取る。
「そうやって他人に食い物にされない為に、そして私達が幸せになる為にも、誰にも追いつかれないほどにはレベルが必要なの」
「だからここにクロエさん達はいるんですね」
「そうよ、リリエルも分かるでしょう?人の愚かさ、醜さは」
あいつは被差別対象だ、だから何をしてもいい。
いくら性善説を唱えたところで、歴史がそれを否定している。
人が本来善い存在なら、あれほどまでに戦争は起きていないし、差別が蔓延っていないのだ。
「……はい。なんだかクロエさんの事が少し分かりました。本当に、家族の事を想って動いてるんですね」
「ふふん。あたし、いい女でしょ?」
正面から褒められて少し恥ずかしくなって茶化して誤魔化す。
「それにね?レベルが上がってMPが上がったり生産魔法が強化されたらもっと贅沢に、もっと快適になるのよ」
レベルが上がるって、いい事ばかりでしょ?と続けた私に、リリエルはそうですね、と少しだけ微笑んで答えた。
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