第75話 植物魔法
「いいわよリリエル。根を出してみてっ!」
四肢を折り、完全に無力化した状態の猿の魔物を一匹用意し、リリエルに合図を出す。
リンによって守られるようにして待機していたリリエルはそれを受け、両の手を地面に向ける。
するとどうだろうか、一階層の遺跡、その苔やひび割れの目立つ石畳を無理矢理に割るようにして根が勢いをつけて伸びる。
地べたを這いずる他無かった猿の魔物はその根に容易く貫かれ、私の目線ほどの高さで激しく藻掻いている。
身をよじり、根による串刺しから抜けようとすればするほど、その身はより傷付きあたりを血で染める。
リリエルは地面に向けていた手を上げ、緩く開かれ脱力していた手のひらをぎゆぅっと握る。
「へぇ……そんな事も出来るのね。体の内側から食い破るみたいに根が飛び出しているわね」
「けっこう練習してるしそろそろ慣れてきたっぽいー?」
根を操作し、猿の内部に食い込んだ根から新たに根を作ったとかそんな感じかしら?
最初こそ覚束ない、あまり戦力にはならないかと懸念していた植物魔法、主根と名前のついたそれだったが、中々どうして、やるじゃない。
「あ、ありがとうございます。やっと慣れましたし、これなら魔物に近付かなくて済みます」
前回の戦闘とは違い、交戦距離の違いからかそこまでパニックにならずに比較的冷静に戦況を眺めれているようだ。
敵との距離=心理的余裕と私は少なくとも認識しているが、リリエルのそれの許容量は私が思っていた以上に少ないようだ。
「良かったわ、これで貴女のレベルも上げれるわね」
社会的な立場で言えば圧倒的に弱者扱いの亜人やその混血は力が無ければ排除される。
あるいは、良いように使われ捨てられるのがオチだ。
そうならない為には力が必要だ。
あらゆる意味で、権力や立場といったものが望ましいのだろうが、私達三人とも社会的には亜人という人間が大多数を占めるこの世界においては圧倒的弱者側にいる。
つまるところ、権力などの力は望めない。であるならばレベルを上げに上げ、物理的な力を持ち誰にも干渉を受けない様にする他無い。
生産魔法があれば居住区や道具の類は自身で作れる。
植物魔法があれば野菜などの類も自由に栽培可能である。
やろうと思えば現時点でもダンジョンに篭りきって他者との関わりを断って生活する事も可能だ。
だがそれは最悪の手段でありたい。
リンがリリエルと出会ったように、彼女らの成長や幸せと巡り合う可能性を捨てる様な真似はなるべくしたくない。
地上にいながら生活するには私達三人が、少なくとも良いように利用されたり偽りの依頼などによって害される事の無い戦力を持っておく必要がある。
故に私はリリエルにもなるべく戦闘手段や戦闘時に平常でいられるようにして欲しい。
私がリリエルにもダンジョンでの戦闘を要請するのはそうした理由からだ。
「でもリリエル、根っこ出してる時完全に足止めてるよ?動き続けないと首とか逝かれるんじゃない?」
「う……それは、まだ慣れてないだけで、きっと大丈夫になるはずです」
根を動かそうとすれば足が止まり、足を動かせば根は止まる。
私はもはや手を生やしたり足を生やしたりなど、好き放題に常日ごろから増設しているので腕を同時に扱うなどは簡単に思えてしまう。
「クロエさんはどうやって動かしているんです?」
「ん?こう……頑張って?慣れよ慣れ」
リリエルから微妙な視線を送られる。
しょうがないじゃない、実際慣れしかないもん。
「リリエルの立ち回り改善については回数をこなして慣れるしか無いわ。それよりも、もう少し威力のある攻撃をしたいわね」
「ん?なにか考えがあるのー?」
「ええ、その為にはちょっとリンの力も借りたいのだけれど、構わないかしら?」
お?なんだなんだ、とこれから何をするのかという期待を込めた視線と共にリンが、その後を付いてくるようにしてリリエルが私の側に来る。
「それでぇ〜?クロエはまたどんなおもしろびっくりな事するの〜」
「なによそれ、私そんなにいつも変な事してるかしら?」
おどけておもしろびっくり、と言ったリンに少しだけ笑いながら言い返す。
いや、未だ馬車での移動、未舗装の街道ならば徒歩が当然、電気なども当然無い時代においての私の発想は確かに奇妙に映るだろうか?
私が普段使っている滑車弓にしても少なくとも中世、と言われている時代には無いはず……だ。
中世、と一言に雑に言っても十一世紀から十六世紀。
つまるところ五百年程が範囲となる為、当てにはならんのだが。
中世の初期と後期で見れば同じ中世のカテゴリーでいいのかと思いたくなる程に違うのだから、範囲が広すぎるのよ、まったく。
「んー、変な事というか……見た事無い様なすっごいことっ!」
「確かにクロエさんが作るものはどれも凄い物が多いです……。それに、美味しいものも」
……余程ハンバーグに心掴まれているのかしら。
これまでのリリエルの生き様を考えれば、およそまともな食事や生活は送れてないとは想像に難くない。
それを思えば今の生活は劇的な変化であり、もとの生活基準には戻れなくなっている程だろう。
「今日も美味しいもの作るわよ。っとと、話が逸れたわね。それで、私のやりたい事なんだけれどね……」
「今回は四匹ね。リン、抜けてきた場合だけ対処をお願いね」
「うんっ、あたしもリリエルの新しい武器を見てみたいから大人しくしてるよっ!」
リンの植物魔法、そのうちの品種改良とリリエルの植物魔法、主根を掛け合わせた新兵器を試すべくリンに声掛けをする。
そして今回の主役たるリリエルはと言うと、真剣さと緊張を同居させた表情を顔に貼り付けたまま主根の操作に集中している。
その両の手は地面へと向けられ、細い指は痙攣するように時折細かく動く。
「行けるわね、リリエル」
「はい、そのつもりです」
それは良かったわ。
リリエルの返答を受け、私は眼前にてこちらの様子を伺っている猿の魔物三匹に目を向ける。
残りの一匹は私達の背後だ、恐らくは奇襲の為隠れているのだろう。
「それじゃっ、始めましょうか」
軽く、何の気負いも無く呟くと同時に小石を一つ、軽く投げる。
猿どもはそれを攻撃と捉えたのか、三匹が一斉に走り出す。
遺跡群は一見無造作に建築されているように見えて、そうでは無い。
しっかりと歩道があり、それに沿うようにして大小様々な建築が作られている。
全体的に入り組んだ構造ではあるが、暫くここに通えばなんとなくではあるが法則の様なナニかは分かる。
猿どもが走っているのもそんな歩道だ。
二階建ての建物に、朽ちた根、青々とした苔、割れた石畳、そして……まだ生きているように健康的な色合いの根と、その所々についた硬そうな実。
猿どもがその実に近づいたその時、爆発音と共に実が弾ける。
つんざく悲鳴と、猿どもの足が破壊される音。
「よしっ、上手く行ったわね!リリエル、貴女最高よっ!」
「……っ!はいっ、ありがとうございますっ!」
スナバコノキ、そう呼ばれる木が地球には存在する。
別名はダイナマイトツリー。
その白い樹液は猛毒であり、その実は水分量が一定を下回れば時速にして二百四十を記録する速度で弾けるという。
より遠くに実を飛ばし、生息地域の拡大を狙っているのかは知らないが、なんとも危険極まるこの木と、その実は現地民からも危険視されているそうだ。
今回私はそれから発想を得、リリエルの根にその実をリンの品種改良で付けれないかと思ったのだ。
実は弾け、中の硬い無数の身が一定の方向に吹き飛ぶ。
加えて、一見すればただの植物の根が地面にまで露出しているだけにしか見えない。
殺気も気配も無い兵器であり、点では無く面による攻撃。
さしずめ、地雷といった所か。
殺傷まで至らないという点に置いても、地雷と似通っている。
地雷の主目的は殺害では無い。
目的は負傷者を作り出す事にある。
足を失い、ただ飯を食い、糞を垂らす使えないゴミを量産する事を目的としているのが地雷なのだ。
戦力にはならず、さりとて死んでいる訳では無いので捨て置く事も出来ない。
野戦病院をそういった不良品で埋め尽くし、士気と食量の面から削り取る事こそが地雷の目的なのだ。
今回は別段そういった地雷の利点は活かして無いが、機動力を失わせるという点は活かせている。
「初見殺しとか、虚を付くのとか、そういうの大好きよ、私は」
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