第79話 冒険者とギルド

「どうするんですか……?」


 リリエルが私を僅かに見上げて判断を仰ぐ。


 実際のところ、どうしたものかしらね。

 なんの力も持たない、謂わばギルドにとって利益に繋がらない有象無象をギルドが構うかと問われれば、恐らくは構わないとは思っている。


 だが万が一の事を思えばこそ、私はどうしたものかと思案してしまう。


 女の右腕は折れ、完全に曲がりきっており使い物にはならない。

 それはいいのだが、問題は足なのだ。


 両足が健在な以上、ギルドへ帰還される可能性は十二分にある。

 足さえ終わっていたら、そのままさようならと出来るのに……。


 英雄になりたいと誇大妄想を語った青年の方も似たようなもので、両足以外はそこそこに酷い有様であるが、それでも両の脚は健在である。


 深い溜め息と共に空を見上げる。


「おい、そこの人間ども」


「な、なんですかっ!やっと家畜たる自分たちの非を認めたのですかっ!悪いのは全部貴女たちだとっ!」


「話にならないわね……出口はあっちの方向よ」


 それだけ言って私は後の女の喧しいだけの言葉の悉くを無視した。


 本音を言えばこのまま殺してしまいたかったが、リンやリリエルに殺しは最終手段と言っている手前、説得力の無い行動は控えるべきだ。


 最低限の義理は果たした。道中少し多めに猿どもを間引いてもいいだろう。


「あれでよかったのっ?」


「んぅ……多分ギルドに文句でも言いにいくんじゃない?」


 もちろんその場合は私は抗議するつもりではあるが、結局はギルドの対応次第だ。

 私達に非があると判断されれば即刻、ダンジョンへと篭って三人で生活するつもりだ。


「本当に……人というものは」


 未だ鳴り止まぬ女の鳴き声にリリエルは顔を顰めて耳を塞ぐ。


「あれは人間の中でも輪を掛けて程度の低いヤツよ。他責思考に、被害妄想。うんざりだわ」


 男女関係無く、一定数いるやつだ。


 常に自分がお姫様だと思い込み、望みどおりにならぬと分かるや否や騒ぎ出す。


「人ってどこが良いんですか?」


「え?えぇとね、弱いクセして数が多いところと、大抵は下衆で下品なのが多いところと、あとは……」


「クロエ、クロエっ、それ悪いところだよっ」


 あら?そうだったかしら。


 一階層の出口、創世樹へと続く階段を登りながら先程とは代わってゆるゆるとした緊張感の無い会話が続く。





 その後創世樹へと帰ってきた私達は、一度リンとリリエルを馬車に待機させてからギルドへと顔を出せば、先程の女がギルドの職員に何やら喚き散らしていた。


 ほんと五月蝿いわねあのヒステリック女。出産をしていない熊は気性が荒いと聞くけど、人間にも適用されるのかしら。

 じゃなきゃ歳ね。


 老いさらばえて脳機能が退化し、我慢やら理性やらが機能しなくなっているのかもしれないわね。


「だからっ!あの亜人を連れた変なローブの女に私達は襲われたんですっ!」


「そうですか」


「そうですかって何よ!?ここはギルドでしょうっ!?冒険者の為に存在していて私達をサポートするのが役割じゃないの!?」


 受付の人間……多分だがあれは私達に依頼を出してきたあの男だろうか。

 そいつに必死に嘘を並べ立てて私やリン達を悪者にし排除しようとしている。


「そうは言いますが……お二人はギルドへの貢献があまり無いのでこちらとしても態々と人を動かす訳にもまいりませんので」


 言外にでもお前ギルドの役に立ってないよね?魔導具とか拾ってきた訳?とすげなく返す。


「権利を主張したいのであれば、まず義務を果たしてはどうでしょうか?ギルドも暇では無いのですよ?」


 代わりは幾らでもいるのに、態々弱者に情けを掛ける理由は無いと切り捨てられ、女は絶句していた。


 まぁ妥当よね。

 現代と違って別段人権の意識やら良識なんてものはほぼ無いと判断してもいい世界観ですものね。


 当たり前だと思っている人権ってやつ、地球では割かし最近に出来た物なのよね。

 なんだっかしら、1900年とかそのくらい……だったかしら?


 それを考えれば、ギルドにとって利益のある存在にだけ優遇し、それ以外の弱者は切ってしまう方が楽に済む。

 それに毎日放っておいても人はやって来るのだ。


 見果てぬ夢を目指した愚かな弱者が、人間が。


「……おや?クロエ様ではありませんか、本日はどういった御用向きで?」


 依頼の一件以来、ギルドは表面的には私達に一定の敬意を払っている……ように見えるが、果たして本心はどうなのだろうか。


 先の依頼では手の内を秘匿しすぎたか、それによって密かに警戒、監視されてはいないか私には判断が付かない。


「こ、こいつですよっ!私達を襲った亜人連れの女は!」


「……とのことですが、クロエ様?」


「むしろ擦り付けられた側よ、私やリン達がいる所にこいつらが走ってきて魔物を押し付けたのよ」


 受付の男はまず女を見、そして私を見て実に面倒臭そうに隠すことなく溜め息し、一息に話す。


「どうやらクロエ様の証言の方が信頼性はあるかと。そちらの方に関しては追って沙汰が下りますので」


 悪しからず、とだけ女の方に言って男はそのまま視線を下げ、受付に広げた書類の類か何かを処理し始めた。


 どちらが正しいでは無く、どちらの証言を信じたほうが面倒が少なく済むか判断して決めたわね、今。

 私の見た目が全身ローブ……リリエル曰く魔術師っぼいのが功を奏したのかしら。

 ギルドから見れば亜人を、恐らくは実験用のモルモットか何かとして連れている魔術師と、ただの田舎から来た世間を知らない持たざる者なら、どちらに付けばいいかは明白だものね。


 ……どうやら、冒険者とギルドは仲良しちゃんじゃないっぽいわねこの様子を見るに。


 最初っから弱者として使い潰すつもりで冒険者を集めるギルドと、弱者なりにしぶとく生き残り続ける冒険者……一枚岩じゃないわね。


「どうやら私が来るまでも無かったみたいね。」


 はぁ、無駄足だったわ。


 踵を返し創世樹街の通りを歩く。

 リン達は仲良くしているかしら……まだ出会って間もない二人を一緒にして良かったかしら……。


 でも恐れてばかりじゃ駄目よね。ちゃんとふたりには成長して欲しいもの。

 自分の足で自立する立派な大人になって欲しいからね。


 別段私のもとを離れたりする必要は無いかもしれないけれど、稼ぎ方も、生き方も分からない一人じゃ生きれない子には育ってほしくない。

 この先何が起きるかは分からないのだから。


 とりあえずは教えた自家製コンソメをちゃんと作れているかが心配だ。

 馬車内が悲惨でアンハッピーな事になっていないといいのだが……。


「最悪それは掃除すればいいのだけれど、怪我とかだけはしないでね……」


 思わず出た独り言はすぐに創世樹街の通りの喧騒に押しつぶされて無くなる。


 上下に富んだ空中通路がいくつも頭上の太陽の光を遮り、ブラインド越しの光のようにして私の身体を差す。

 空中通路では腕を痙攣させながらも、それでも尚昇降用の大型の篭のようなものを上げている亜人が目に入る。


 ああして人力のエレベーターで上への行き来を容易にしているのだろうが、そのいずれも疲弊しきっていた。


「ここを離れて同族でも探せばいいのに……」


 無責任に、無感情に零す。


 もちろん、私が知らないだけで事情は複雑を極め、そうも行かないのがほとんどなのだろうが。

 そもそもとして、交通の手段も、連絡の手段も限られる技術発展のこの世界においてどこにいるかも分からない同族を探すなど無謀か。


 しかし、亜人ばかりがああした仕事をしているのを見るに、ここでは職業選択の自由は皆無に近いのだなと推察する。


 男の亜人はああした辛く環境の劣悪な仕事を、女ならば当然のように娼館へ、ってところかしら。

 さっさとレベルを上げてこの街からは去るべきかも知れないわね。


 リンやリリエルにとってここはあまり優しい環境では無いようだ。

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