また依頼か
第82話 模擬戦
「それじゃ、行くわね」
一つ宣言し、リンとその奥で根を操作しているリリエルに向かって走り出す。
武器はいつもの滑車弓ではなく刃引きをした木製のナイフと、これまた軽い木製のボールを腰につけた袋に複数。
それだけが私の持っている装備で、向こうはせいぜいがいつもリンが使っている銃の弾丸をペイント弾へと換装したくらいで、いつもの装備だ。
「ふふんっ!何度も模擬戦しているからクロエの動きはだいたい分かるもんねっ!」
「あらそう?」
少しお調子に乗っているみたいなので木製のボールにいつも通り付与をつけて投げる。
それに対してリンは大盾に全身を隠して直視しないようにして対策をする。
……けれど、私がいつも通りに付与で閃光手榴弾を作って投げただなんていつ言ったのかしら?
「……?」
大盾にボールが当たってもいつまで経っても閃光や激しい音が鳴らない事を不審がったリンだが、すぐにその顔を歪ませて鼻を抑える。
「んんぅ!?なにこれぇ……鼻の奥が痛いっ!」
私が付与でつけたのは耐え難いほどの悪臭を放つようにする付与であって、閃光でもつんざく音でも無かった。
リンは大盾を握れず、その場に蹲ってしまう。
アンモニアとか、いわゆる刺激臭って嗅いじゃうときついよねぇ……分かるわぁ。
それじゃあ私は嗅覚をオフにして近づきましょう、っと。
「きゃーこわーい」
リン達二人へと肉薄しようと三歩ほど踏み出した所、私の左足を貫いて根が地面から飛び出す。
すかさず膝から下を切り離して三本ある右腕を一本取り外して生産魔法で形を変える。
切り離した膝から先の左足へと姿を変えた部品を付け、両足を使用可能な状態へと修復する。
その隙にリンはようやく戦闘可能な状態にまで快復したのか、なんとか立ち上がってリリエルを庇うように大盾を構えて私へと相対する。
「もうっ!あたしあんなの知らないんだけどっ!?」
「いきなり使うから威力や効果を発揮するんじゃない。初見殺しは大事よ」
そーじゃなーいっ!と抗議の声と共に横薙ぎにしてリンが自身の銃を乱射する。
円盤のような形をしたドラムマガジンと呼ばれる物は通常のマガジンよりも装弾数が多い。
目立つ赤色の液体が入った弾丸が何発も私の方へと飛んでくる。
「あら怖い」
地面へと伏せ、手を地面につけて生産魔法を使用する。
土を材料に盾のようにして盛り土を作る。
「じゃあ反撃ね」
言葉と共に再度ボールを投擲する。
リンにしっかりと見えるように、通常よりも大きいサイズにしたそれを。
「またそれっ!?」
リンは背後のリリエルに声を掛けてからそのボールから距離を取ろうとする。
恐らくリンは一回目と同じく悪臭を放つボールだと思いこんでいるゆえの行動だったのだろう。
だがそれが決着を早めた。
リンは投げられたボールに対してすれ違うようにして前進し、ちょうどリンの後頭部あたりでボールに付与した効果が発動する。
耳を覆わずにはいられない程の音と、閃光が二人を襲う。
「一度目の付与と二度目の付与が同じ内容だなんて言っては……ってお耳をやられてそれどころじゃないわね」
なんとか立ち上がって続けようとこちらを見るリンにジェスチャーでおしまいっ!と伝えて近付く。
閃光手榴弾の影響から回復した二人を伴って一旦馬車へと戻り、私達の家、馬車の中へと戻る。
いつも食事をとっているテーブルを囲んで皆で座って、
「さて、それじゃさっきの模擬戦の反省会しましょうか」
ぱんぱん、と手を叩いて二人の注意をこちらに向けてから宣言する。
「じゃあまずリンからね、自分でどこが良くなかったとか分かる範囲でいいから教えてちょうだい?」
「んっとね……クロエの投げてきたボールを一個目と同じ効果のだって判断しちゃった所かな?」
「そうね、でもこれは私の付与魔法や戦法が凶悪だったっていうのがあるから一概にリンが全部悪いとは言えないのだけれどね……」
「そうだよっ!見た目全然変わんないのに効果が発動するまで何が出るか分かんないのはずるいよっ!」
付与魔法とはイメージで素材の質の良し悪しやイメージの強固さ、内容の複雑さに左右されるがその条件下であれば自由に付与を行えるのか利点ですもの。
そうして先程の模擬戦の様に、見た目は全く同じであるにも関わらず何が来るか分からず意識をそちらに割かなければならないなんていう戦法が出来てしまう。
「それは正直申し訳ないと思っているわ。……でもリン、貴女の良い目があれば正確に私の飛んできたボールを銃で撃ち抜けると思うのだけれど?」
亜人、いやリンは人離れした五感、特に嗅覚や視覚、身体能力に優れている。
その特性、そして現在のレベルを考慮すればそんなに小さい訳ではない木製のボールを撃ち抜くなど、造作も無いはずだ。
「んんぅ……それは、出来るかもだけど。実際ボールはしっかりと見えていたし……」
「じゃあ次の模擬戦でやってみましょ?」
はぁい、とテーブルにずるずると液体の様にだらけて突っ伏したリンの頭を撫でてから、リリエルに向き直る。
リリエルは次のお話の対象が自分になったのを察して、少しだけ姿勢を正す。
「さて……リリエルに関してはそうね……。リンが一時的に戦闘不能になった時にすかさず私に攻撃を出来たのは良い点よ。一階層での初めての戦闘からニ週間ほどでよくここまで成長できているわ」
そこまで聞いたリリエルはほぅ、と息を吐いて緊張していた身体の強ばりを溶いてもうお話が終わった気でいるようだ。
まだ終わっていないのだけれど?
「でもね」
私の発言に再び身体を緊張させて、縋るような視線を投げてくる。
「もっと積極的に攻撃に参加してもいいと思ったわ。リンの銃撃の時、貴女も一緒に攻撃してもいいし、それこそ私が盛り土で盾を作っている時に、そこに攻撃すれば遮蔽物から引き摺り出せたわよね?」
余計な事をしてしまったかと恐れているのだろうか?
まだ心を開ききれていないのか、失敗を恐れて停止する癖がどうにもあるように思う。
今すぐになんとかしようという程の事ではないが、それでも戦闘の事を思えば優先度はそこそこ高い案件に思える。
「う……すみません」
「まぁでもさっきも言ったようにこの短い期間で本当によく成長しているとは思うわ。偉いわよ」
あの依頼で出会って、そして一階層で初めての戦闘、そしてニ週間ほど模擬戦……こうして見れば短期間でリリエルは十分すぎるほどに頑張っている。
だが弱さは付け入る隙を与える事になる。
焦りは厳禁だが着実に成長し強くなる必要があり、二人にはあまり聞きたくない言葉だろうが戦闘の振り返りは必要なのだ。
さ、これで反省会はおしまい!と言えば二人はうーん、と唸って伸びをして楽な姿勢になる。
これはちょっとは成功体験のようなものは必要かしらね?
いつも失敗して反省会ではやる気も出ないというもの、次あたりはちょっと負けてあげるのもありかしら……。
「あ、そういえばクロエさん」
「ん?なにかしらリリエル」
リリエルに呼ばれ、そちらを向く。
「クロエさんはそのローブ、変える気はないんですか?」
「え?これ?」
人避け、あいるは人と会話する必要がある時や創世樹街へ出るときなどに着用している全身を隠す黒いローブ。
リリエルはこれの事を指して言っている。
「そうです、魔術師の方と勘違いされて亜人の方から要らない敵意を買ってしまう気がして……」
「あぁ……人間相手には威圧や人避けになるからいいかなとは思っていたけれど……。変えるべきかしら?」
はい、と強く頷くリリエル。
亜人であるリリエルにとってこの黒いローブは、魔術師の様な格好は余程嫌悪の対象らしい。
そういえばジャンとか言ったかしらあの男、あいつが最初私にあれほど警戒を顕にしていたのも魔術師だと誤認していたからなのかも知れない。
「そうね、確かに敵意や悪意はごめんですものね。変えましょうか」
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