第81話 唐揚げ、コンソメ、パン

「あとはこれを十分に熱した油に……油が跳ねるから気をつけてねっ!」


 リリエルはすでに食卓に付いているので、リンにだけ注意を促す。

 リンは私の背中へとわぁーと気の抜けた声と共に隠れると、僅かに顔を覗かせて油の中へと入るお肉を観察する。


 じゅ、と音を立ててお肉が油へと入り、その後に食欲を刺激する音と共にお肉が揚げられている。


「わぁーっ、お腹へった!ね、クロエお腹へった!」


「もう少し待っててね〜」


 少し離れた食卓からも無言ではあるがお腹の鳴る音が控えめに聞こえてくる。


「……もう少しだけ待てるかしら?」


「う、大丈夫ですよ」


 お腹を必死に抑えて音が鳴らないように努力するリリエルは誤魔化すように座っていた食卓から離れてこちらに来る。


 リンと同じく私の背中に隠れながら唐揚げがいつ出来るのかをじっと見る二人を見ながら、冷蔵庫に昨日の残りか何かが無いかと記憶を漁る。


「あぁ、そうだ。確か昨日の残りを冷蔵していたから我慢出来なかったらそれちょっとだけつまんでもいいわよ?」


「え、ほんとっ!わーいっ!」


「が、我慢します……美味しい物がもうすぐ食べれますので」


 リンは喜び冷蔵庫に突撃し、リリエルだけが変わらず私の背中に張り付いたままだ。


「クロエさん……」


「お腹空きました……」


 答える代わりにリリエルの頭を一言断ってから撫でて、一個だけ温度を図る為に早めに油に投入した唐揚げを油を切ってから小皿に移す。


 お箸で二つにきってちゃんと中まで火が通っているかを確認してからリリエルに


「はい、ちゃんと美味しく出来てるか味見、ね?」


 とわざとらしくそれっぽい理由をつけて唐揚げを口元へと持っていく。


 熱いから気をつけてね、との私の発言を受けてからふぅ、ふぅ、と冷ましてから食べるリリエル。

 きゅぅ、と目を瞑って一言零すように


「美味しいっ!」


 と言ってそのまま目を閉じてしっかりと唐揚げを味わっている。


「あっ!ずるーいっ!リリエルだけ先にクロエの新しい美味しいの食べてるっ!」


「あら、リンは冷蔵庫の余りを選んだんじゃないのー?」


 んーっ!と濁点混じりの抗議の声と共に腰に強く抱きついたリンにはいはい、と返して二つにきった唐揚げのもう片方をそっとあげる。


 リンのお耳がぴこぴこと上機嫌に動くところを見るに、ちゃんと美味しく出来たみたいで一安心ね。


「クロエ、もっとっ!」


「駄目よ、もう全部揚がるのだからちゃんとテーブルで食べましょ?」


 ほらほら、と二人を食卓へ追いやってその他の料理と共に二人の待つ食卓へと移動する。


 こういう時に人形で良かったと心底思う。

 普段は滑車弓を使う為に増設した右腕三本を使って食器やらお皿やらの必要なものを一度に全部運べる。


 特殊な力や特性なんかが「あって良かった」と思う瞬間はやはり日常のふとした瞬間であるべきだと痛感する。

 あるいは、それこそがそういった力に求められる姿なのかもしれない。


 先程リンに作ってもらったまだ固まっていないコンソメの一部を拝借して作ったコンソメスープに、パン、そして唐揚げが今晩二人が食べる夜ご飯になる。


「はい、あまり品目は多くなくてごめんね?」


「全然そんなこと無いよっ!いっぱい作ってくれたしどれも美味しいしっ!」


「り、リリエルもそうです。独りの時に比べたら全然多いですし」


 育ち盛りなのか、それとも亜人だからなのかリンは実によく食べる。

 前衛職として大盾を担ぐ関係か体型は綺麗で美人さんだから問題は無いのだが、ダンジョンで無限に近しい数の魔物がいなければ食費が馬鹿にならなかったのだろうと思う。


 今もリン達がいただきます、と両手を合わせて食べている間に追加の唐揚げが揚げられている最中である。


「そういえばクロエ」


 一頻り食べて一旦落ち着いたのかリンが口の中をちゃんと空にしてから私を呼ぶ。


「ん?どうしたの」


「リリエルと会った時の依頼の事なんだけど、ギルドって結局あたし達の事どう判断したの?」


「あぁ……どうかしらね。表向きは普通の冒険者と思ってくれているといいのだけれど……」


 希望的観測に過ぎる、というのが私の見解だ。


 多分だが疑われ続けているのだと思う。

 ギルドの視点から見ればダンジョンでの資源……魔物の革や骨、肉などを定期的に街へと流してくれる……が素性に関しては未だ不透明な部分が多い不審人物、という評価だろうか。


 恐らくだが近い内にもう一つ私達へ依頼が来るはずだ。

 ……適当な理由をつけた、私の素性や善悪を図る依頼が。


 街やギルドからすれば自分達の街へと来るのは善良な者だけが望ましいというのが叶わぬ希望という物だろうから、疑いの目を向けられるのは分からなくは無い。


 私がギルドの職員なら絶対疑って掛かるもの、私の事。


「あの……」


 リリエルもリンと同じく一通り食べて小休止しているのか、会話に参加したそうにおずおずと声を掛けてくれる。


「あぁ、ごめんねリリエル。貴女はなんの事か分からないわよね。今話しているのはリリエルと会うことになったそもそもの原因……みたいなものよ」


「そうなんですか?」


「ええ、この街のギルドからの依頼でね?賊が悪さしているから対処してくれって依頼だったのよ。表向きはね」


 私の表向きは、という発言になにやらうんざりした表情で続きを聞く姿勢を作る。


「多分だけれど、あの依頼は私達が善悪どちらの存在か、素行は悪くないかとか略奪に走らないかとか……そういったことを調べたかったんだと思うわ」


「依頼は適当な理由付け、ですか?」


 うん、と私は頷いて丁度よく揚がった唐揚げをよく油を切ってから食卓の皿へと追加していく。


 わーいっ!ありがとっ!と元気良くリンがそれに反応してパンに唐揚げを挟んでかぶりつく。


「はっきり言って、また疑われているわ。近い内に追加の依頼があって、私の素性を探られるでしょうね」


「次はなんだろねー……そのローブを取れっ!とか言われる?」


「流石に無いとは思いたいわ……」


 有り得ない、とは否定出来ないのがギルドへの評価であり、出来る事ならば関わりを持ちたくない存在であると言わざるを得ない。


「まぁ向こうがどう出ようが私達はいつも通りに生活すればいいわ」


「クロエはいつも余裕だねー……、とりあえず明日からはリリエルの戦闘訓練ー?」


「そうなるわね、暫く一階層を繰り返し探索するわ」


 後はリンや私と模擬戦でもしてみようかしら?

 生産魔法で殺傷能力を極限まで減らした模造刀とかそこらへんを作ってみましょう。


 リリエルの目下必要な事は戦闘時にパニックにならずに私達の指示を聞ける状態まで成長してもらう事だ。


 これが出来なければ二階層はおろか一階層も正直ちょっと不安がある。


 リリエルの新しい戦法、地雷が果たしてどれだけ彼女に安心感を与えてくれるか、だ。

 後は、それが抜けられてもなお取り乱さないようにもしなければならない。


 地雷を抜けなければパニックにならないです、では戦場ではあまりにも不安定にすぎる。

 戦場とは常に一番起こって欲しくない事が起こるものだ。


「うぅ、いつも逃げて来たのが響いてます……リンさんは怖くないんですか?」


「んー?慣れた?んー……違うかも?人間のがよっぽど?あと殺せば怖くなくなるしねっ!」


「やっぱりそれが一番なんですかね……。怖いなら怖くなくせばいい」


 ひゅー物騒な会話ねー。


 火を止めて油を冷ましながら二人の会話を聞くが、なんとも異世界っぽい価値観に基づいた会話に苦笑してしまう。


 ……この唐揚げに使った大量の油、どうしましょう?

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