第38話 創世樹街における獣人の扱い

「はぁ・・・警戒心の高さだきゃあ一級品かよ・・・」


 ジャンは呆れた様な、あるいは一周回ったのか感心した様な表情で空を見上げた。


 敵対する可能性がある以上、対策無しに武器を渡さないのは常識ではと首をひねれば、お手上げと言わんばかりに肩を竦めるジャン。


「そういや俺を助ける対価はなんなんだよ」


「・・・?」


「いや、そういう反応じゃなくてよ。善意で無料で助けるなんざこの世にあり得ないだろ。何が目的で俺を助けたんだよ?」


 それに答えるのは私では無くリンだった。


「あの・・・、あたしの、会話れんしゅうの為に、一人で恩を売れて、口封じも楽そうなのがひつようで・・・」


「・・・小せぇ人形女を相手にしてるみてぇだ。おいクロエとやらよぉ、普段なに教えてんだ?親代わりじゃあ無いのか?」


「警戒心と合理的な考え方。それと人生を楽しめる玩具とそれの遊び方かしら」


 と私。


 ジャンは私の返答を無視してリンに問い掛ける。


「あー・・・、確かリンって言ったか?もしかしてアンタ昔は人間共の村で暮らしていたのか?」


 リンはジャンからの問いに、表情を歪めて頷く。


 ジャンはそれを確認すると納得した様な顔でそれ以上何か聞く事は無かった。


 それだけで分かるものなのだろうか、やはり想像した様に獣人と人間の間には差別などがあるのか。

 それなら人間と一緒の村で育つ、あーなるほど差別受けてたのかどこの地域も同じやなぁ。と芋づるでジャンが少ない情報でなんとなく察したのも分からないでも無い。


 だがそうなると獣人と人間種の間に溝があるという事が確定になるのだが、なんともまぁため息をつきたくなる。


「あー・・・、それじゃああれだな。歳も近い方がいいか?」


「えっと・・・?」


「俺の家族になぁ、リン、おめぇと歳の近い娘がいるんだ。俺と話すよりも話も弾むし練習にもなるだろうしな」


 そういってジャンは即席で作った休憩所に取り付けられている寄生トンボ避けの松明を持って立ち上がる。


 私もリンも、どちらもジャンの提案に乗るともそもそもとして何も言っていないのだが・・・。


 私を見つめ、どうしようかと視線で訴えるリンに私も返答に詰まる。


 遠くからジャンの「おーい、帰るぞー二人ともー」という呑気な声が聞こえる。

 あいつは警戒心が無いのか?それか一度敵じゃないと判断したらとことん馬鹿なのだろうか?


「まぁ、悪い様にはならない、とは思うわ。多分話の流れを見るに家族の所に案内するようだし、身内を紹介してもいいと思う程度には信用されているみたいね」


「クロエが安全だって言うなら、わかった・・・」


 とリンは私の手を握ってジャンの方へ続いていく。


 あの蟹の魔物が派手に暴れていたせいだろうか、二階層は生物の気配を感じられず、静かな雨音と沼地を歩く音のみが響くばかりで寄生トンボを警戒するだけでよかった。


 そのおかげか特に苦労する事も無くダンジョンを抜け、創世樹街へと戻れた。

 それからジャンの案内の元、曲がりくねった道を歩いている。


「随分と入り組んでいるのね?」


 滑車弓に手を掛けながら何でも無いように尋ねる。


「ん?まぁなぁ、大通りとかそこらへんはもっと稼いでいる奴らじゃあ無いと住めねぇよ。それになぁ・・・」


 ため息を一つ付く彼に事情を尋ねれば、どうやら人間と獣人の差別が少なからず関わってくるのだとか。


 創世樹街はその大半が農奴や敗残兵、それと山賊の類がほとんどで、そのほとんどがダンジョンという一大イベントに目を奪われている。


 ぶっちゃけ獣人差別とかそんなどうでもいい事にに構っている暇は無い、という事なのだろう。

 それで結果として獣人に対する当たりが比較的に緩いとなる訳だ。


 だがだからといって差別や迫害の類が全く無く、皆様仲良くしましょうねぇ?とはならないのが人間クオリティ、他よりマシとは言え多少の制限や生きづらさはあるとはジャンから聞いた。


「飯屋行っても日当たりのいい席とかに座れねぇとか、馬車では常に端の獣人専用の狭いスペースに立ってなきゃいけねぇとかそんなんだ」


「そ、なるほどねぇ。ここ以外じゃ生きるのも苦労しそうね」


「そりゃあなぁ。集団でリンチなんて当たり前で、裁判も治安維持機構も見てみぬフリだ。文明の灯にまともにありつける獣人は少ないぜ。・・・っと、ここだ。ここが俺の家」


 おーい、帰ったぞー!!と大声で帰宅を知らせながら目の前の隙間風のひどい家屋に入っていくジャン。


 別段彼の家だけが酷いという訳ではなく、ここの家々が全体的に粗末なものというだけで、スラム一歩手前か、スラムそのものかという雰囲気だった。


 だがダンジョンにいる時の様な首に縄掛けられている様な感覚は無く、治安が悪い印象は受けない。


 今まで通ってきた道にも飢えて鼠や食べ残しが無いか地面を這いずる子どももいなければ、脚が腐って蛆と蝿の集る治療を受ける金も無い負傷者もいない。


 臭いも腐臭の類は感じられず、ただここらへんが獣人達が身を寄せ合う様にして作られた言うなれば獣人区画なのだと認識する。


 恐らくは建築に関しても自分たちでなんとかするしか無く、出来栄えとして素人レベルのものしか作れなかったからここらへんは色々とガタガタなのだろう。


 私がそうして周辺の観察をしていること数分、家の中からジャンと二人の女性が出てきた。

 一人はそう若くは無い年齢、もう一人は幼子だ。


 そのうちの歳を重ねた女性の方が私に話し掛ける。


「こんにちは、ええと・・・貴女がクロエさん?」


「ええ、はい」


「旦那がお世話になってしまった様で、申し訳ありません。事情も先程簡単にではありますがお聞きしました。この様な家ですがどうぞお入りください」


 そういって枯れ枝のように痩せて皮と骨ばかりの腕で家の中へ入るように促す。


 私はリンの方を少しだけ見て、リンが頷いてくれたのを確認してから中にお邪魔する。


 室内は質素、あるいは簡素という表現が似合うが恐らくはジャンの妻が掃除や衛生的にしているお陰か寂しいと感じる事は無かった。

 どちらかと言えば詫び、質素だが趣きがあり調和が取れた落ち着ける雰囲気で、私としては好ましかった。


「リン、大丈夫?」


「うん・・・、クロエがいてくれるし。それにあたしが頑張るって言い出したからまだ頑張れるよ」


 話を聞く限りあたしと同年代の子と話すんでしょ?と続けるリン。

 確かに子ども相手であれば脅威では無い、上背も低くマウントを取られる心配も無い。


「大丈夫よ、貴女のがレベルも上だし戦闘経験もあるのだから」


「うん、大丈夫」


少し離れた位置のジャンを見れば彼は彼で娘と思われる幼子に何やら話している。


「・・・だからなぁ、あそこの子はお友達がいなくてキリアと友達になりたいんだってさ。キリア、仲良くできるか?」


「うん!あたらしいお友達だねっ!」


 キリアとジャンに呼ばれた幼子は私達の方向へ走っていき、ぴたっと止まる。


「こんにちはっ!」


「はい、こんにちは。私はクロエよ、貴女は?」


 ジャンが事情を話した。というのであれば全身を覆う姿隠し用のローブも必要無いだろう。

 人形としての素顔を晒して幼子に挨拶をする。


「わぁっ・・・綺麗・・・」


 幼子は私の顔を見て固まっている。

 今更だが私の顔面の偏差値が高い事を失念していた。


 この顔で情報収集など得した面もあるがいずれこの顔面の良さが不幸を呼ぶ気がしているんだよなぁ。


「あ!えっとキリアはね、キリアっていうの!」


 暫く私の顔を見つめていた幼子がはっとした表情になって私に自己紹介をする。


 リンの手がぎゅっと私の手を握って、小さく唸る。


 会話の練習、というより対人慣れは上手く行けばいいのだが・・・。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る