第37話 和解?

 視界が薄暗い。というのもそれはこの階層が霧雨や小雨ほどの雨が絶えず降り、曇天が太陽を遮っているからである。


 そんな視界と両の手を広げてまだまだ余る広大で水深の浅い川、その端に作った即席の休憩所に私達はいた。


「人形女、オマエは戦闘中背中を晒しまくってても一度だってこっちを打たなかった。それにそこのリンと言ったか?そいつと二人してこっちと組んで挑まれれば俺は間違いなく死ぬ」


 ジャンと名乗った獣人の男は休憩所の木製の床に座って話し始める。


 遠目から観察していたが恐らくリンとジャンの実力は拮抗・・・、いや僅差でジャンの方が強いように思えた。

 それはつまり私達が二人掛かりで殺そうと思えば殺せるという事実だ。


「それになにより」


「なによ?」


 ジャンの視線が私に、正確に言えば私の後ろに隠れたリンに向けられ、私は滑車弓を持った一本以外の二本の右腕でリンを隠す。


「人形女、オマエ多分その子の保護者なんだろ?野盗や山賊が油断誘う為に仕込んだガキ・・・って訳じゃ無さそうだ。しっかりと愛情を持ってその子の保護者をしている様に見える。だから信用してもいいだろうって思ってな」


 なるほど、粗野で口の悪い奴とばかり思っていたがそうでは無いのかもしれない。

 自身の置かれた状況と彼我の戦力差、現在に至るまでの過程を自分なりに考察して答えを出そうとしているところを見るに、彼は豊富な戦闘経験と知恵を両立させた獣人なのだと認識を改める。


「そ、その・・・クロエは悪い人・・・人?じゃない、あ、あたしの大切な存在」


 リンがジャンに震える声で告げる。共闘を通して少し緊張が取れたのか、先程よりは多少は口数多く喋っている。


 リンが小声で私に告げる。


「く、クロエと二人ならあいつころせるよね?もしあぶなくなっても大丈夫だよね」


 ああ、リンがジャンに少し口数多く喋れる理由が少し分かった気がした。


 万が一ジャンが敵になった場合、自分達の脅威足り得るのかがさっきの共闘で分かったので安心出来たのか。


 要は殺そうと思えば殺せる、というアドバンテージが自分達サイドにあるから精神的に余裕を得られたのだ。

 人間不信なリンにとってなどと言う不安定要素の塊の様なものではなく、もっと確実な殺害出来るか、否か?自分にとって害か、もし害ならそれはどの程度か。という事に関する情報の方が信ずるに足りてしまうと。


 私はそれに対してこれまたひっそりと背中に隠れたリンを気にする素振りをみせつつ、


「ええ、だからもう少しだけ会話の練習、してみましょう?悪いやつでは無い筈よ。今なら私達が有利だから少し探ってみましょう?」


 と言う。

 向こうからはしゃがんでリンと目線を合わせて落ち着かせているように見えているはずなのでこの会話は聞かれていない、と思いたい。


「あの・・・えと」


 おずおずと、リンが私の体からそっと顔を出してジャンに話し掛ける。


「おう?どした?」


「その・・・、なんであそこに倒れていたの?」


 それは私としても気になるところだ、カニにどうたらこうたら、とかは戦闘中に言っていたがその仔細までは聞いていない。


「あぁ〜・・・、それなぁ。さっきも言ったが俺はあのカニ野郎に出くわしてな?そんで戦闘したはいいが装甲は硬えわすばしっこいわで苦戦したのよ。つかぶっちゃけ死にかけた。それをこの・・・」


 ジャンはそこで一旦口を閉じ、自分の着ている服の、恐らくはポケットのあたりを探る。

 

 だがお目当ての物が無かったのか、「くそっ」と小さく呟いて続きを話し出す。


「んでその時に俺はこの前手に入れたばっかの魔導具を使って逃げ出したのよ。そこまでは良かったんだがこの川の上流、勢いがここと違って急でな?流されて気ぃ失って・・・ってな感じよ」


「へぇ?便利な魔導具もあったものね?」


「おう、何でも冒険者ギルドの鑑定によりゃあ、んだとよ!俺ぁそいつを使って瀕死でボロボロの肉体を捨てて新しく作った体にってな訳よ。まあ新しく作った体はすぐさま川に流されて喜ぶ暇も無かったがな!」


 肉体の複製?魂や意思を新品に移して逃げれた、と?


 なんでもありじゃない。そんなの。なら私の正体、魔導具説も通ってもいいじゃないのさ。

 意思がある、生物等は出ない、とか法則でもあるのかしらね?


 今度冒険者ギルドの魔導具受付でもっと詳しく魔導具に関して聞くべきか。


 ここで考えても詮無きこと。これは一旦置いておくべき思考だと判断し私は当たり障りのない感想でジャンの一命を取り留めた話を流す。


「まぁ、んでよ。俺の事ぁどーでもいんだよ。結局人形女はなんなんだ。別にいーだろ、教えてくれよ」


 軽い口調でジャンが私の素性を探ろうとする。

 それに対して私はどう答えるべきか少し迷ってしまう。

 リンの方をちらっと見れば、青と緑の綺麗なリンのオッドアイが見上げていた。私からは不安そうに見えたその瞳と暫く目線を合わせて、念の為リンに確認を取ってみる事にする。


「リン、これどこまで話そうかしら?」


「・・・・・・」


 リンは無言でジャンを睨みつけ、牽制する。


 ジャンの反応からして恐らくだが魔導具産の人形という設定は通りそうにない。

 このままこの男を生かした場合、周囲に私の存在を知らせてしまう可能性がある。


 私という異常存在が知れた場合・・・物珍しさに好事家のコレクション・・・、魔物と判断されて討伐隊ないしそれに近しい存在からの命を狙われる危険性。

 他には・・・見た目だけは美人だから性奴隷として使う為に人攫いに狙われる辺だろうか。幸い人形故に生殖器が無いので突っ込まれる事は無いが、最悪それ以外の全てを使って奉仕を強要されるだろうな。


 ふむん・・・、ある程度は正直に話し、自分の存在を秘匿するように頼む、か。

 信用出来ないな、やはり。さてどうするべきか。


「・・・、私は、私達は意思人形と呼ばれる存在よ。成人すれば故郷を離れ旅をするの。大分遠くに来たから私達の存在を知らない人ばっかりでね、色々と後暗い連中に拉致されそうになったから正体を隠していたのよ」


「へえ、俺ぁここの生まれだから外の世界は知らねぇが、お前みたいなヤツもいんのか。他にもお前みたいな人形がたくさんいんのか?」


「ええ、ここにも数人来ていたはずよ。気を付ける事ね、私達は同族を、同胞を大切にするわ。今は私みたいに姿を隠しているけれど、同胞の危機には何を犠牲にしても報復するわよ?」


「へぇ・・・」


 ジャンは暫く考え込むような仕草でこちらを見る。少しだけ緊張する。

 同族がいるなどと、ハッタリと嘘を並べまくったが、果たしてどれほどの効果があるだろうか。人形故に緊張や焦りが顔に表れる事は無い、表情をつくる事は勿論出来るが、やろうと思えばそれこそ人形の様に無感情で無機質を装う事も出来る。


 故に幾ら私の顔を観察し、ハッタリかどうか探ろうとしても無駄だと思うが・・・。


「ふん、クロエつったか?安心しろよ、そんな警戒すんなって!正直に正体を明かしてくれた事だし、別にそんな事しねぇよ!」


 ジャンは笑顔でこちらに安心するように言って私とリンを見る。


 これはどう見るべきか、私のハッタリを信じたのか、それとも見破った上で敵対の意思は無いと言ったのか。

 会話や交渉、その類は全般苦手だ。ああ、面倒だ。

 どっちか判断がつかん、そこまで賢く無い私にこんな腹の探り合いじみた真似はやめてくれ。


「これ以上は勘弁して頂戴な。それとも、黙らせる必要があるかしら?」


「おいおい・・・まじで警戒心がたけぇな、俺はお前達を信用しようってのに、ああそうだ。こいつ返すぜ」


 ジャンから貸した矢を返して貰う、私はそれを生産魔法で把持しやすい様に加工し直してから背中に作った矢筒にしまう。


「しっかし、そいつ随分使いづらかったぜ」


「ええ、そりゃあ持ちにくい様にしてから渡したもの。敵対した時のことを考えてね」


「おめぇよぉ・・・」


 ジャンが何か言いたそうにしていたが私は知らん。

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