第36話 即席共闘

 体高は2m近い私を優に超えてまだ余り、魔物特有、あるいは虫、この場合は甲殻類だが、それ特有の無機質かつ無感情とも取れるその眼は私達を油断なく観察している、ように見えた。


 一階層のヤドカリとは違い、こちらは左に二本、右に一本の大きな鋏を持ち、雨雲の隙間をやっとの思いでくぐり抜けた僅かな太陽光が反射し、その鋏は鈍く分厚く光っている。


 すでに周りにいた水牛の様な魔物は全身に岩を纏い、完全に擬態しており、この浅く広い川には私達三人と一匹ばかりに錯覚してしまう。


「・・・はぁ、仕方ないわ。ほら、これを使いなさいな」


「あぁ!?・・・っと危ねぇな。んだコレ?矢かよ」


 私から投げ渡された矢を見てジャンと言うのだったか・・・獣人の男が言う。


 私の扱う滑車弓は特別であり、その大きさもまた馬鹿げている。

 故にそれに番える矢も相応に大きく、即席の武器として使う分にはまあ使えるだろうと思って彼に渡す。


 念の為、把持しづらい様に全体的に歪んだ形に生産魔法で整えてから投げている。


「ここで重要なのは私の正体ではなく、敵か、否か。違う?」


 と私から一言だけ。


「・・・、けっ、気に喰わねぇがまあ筋は通ってんな。足引っ張んなよ、人形女ぁ!」


「・・・、リン。前衛をお願い」


 ジャンを視線で殺せるのではという程に睨んでいるリンの視線を敵に向かせる為にも、敢えて声を掛ける。


 リンはゆっくりとだがその大盾をカニの魔物に向ける事で私への返事とした。

 そうして急な三人即席パーティーによる戦闘が始まった。


「さて・・・、改めて見ると冒涜的な見た目ね。鋏の本数が左右で違うだけでこうも違和感と嫌悪感があるとはね・・・」


 これは私の少ない知識からの話ではあるが生物というのは常に左右対称であったり真ん中に一つ、とかバランスの取れた造形をしているものだという思い込みがある。


 故に、目の前のカニの魔物はその私の少ない常識に反した左に二本の右に一本というアンバランスな造形をしている。その事実が私に違和感を抱かせているのだろう。


「ねえ、獣人さん」


「あ?」


「貴方私達よりここは長いのよね?あの子の情報とか無いわけ?」


 矢を放ちながら問い掛ける。

 しかし装甲は硬く、カニの外骨格の強度を確かめるだけとなった。


 その間もリンは大盾でカニの全面に立ち、獣人特有の機動力と大盾の防御性能を活かしてなんとか立ち回っている。

 左の鋏の一本が地面を突き刺さん勢いで振り下ろされ、それを足捌きのみで避け、常に相手の正面に立っている。


「あ?」


「だから、弱点とかそんなものよ、その脳みそはお飾り様な訳?」


 何本もある脚を動かし、周り込もうとする。

 それを滑車弓で関節を狙って撃ち込む、がカニはそれを把握しているのか幾本もある脚を機敏に動かして回避する。


 ジャンと言う獣人はその隙をなんとか縫うようにして矢を手に持って突き立てるが、やはり硬い装甲には効かないようだ。


「悪ぃが知らねぇなっ!そもそもコイツは初めて出会った!俺があんな川の端に流されっちまった原因だ!」


「つまり貴方を追ってきたって訳?貴方を捧げればおとなしくなるかしらねっ!」


「っざけんなテメェ!やっぱ魔物かぁ!?」


 吠える獣人に冗談よ、と返してから目の前のカニの魔物に集中する。


 左の鋏、その一本が乱雑に横薙ぎに振るわれる。

 そこに獣人であるジャンが後ろではなく前に、カニの魔物の懐に入る形で回避しそのまま矢を腹部に突き立てようとする。


「あっ!危ない・・・」


 リンがその言葉と共に大盾で構えてジャンの真横に立つ。

 がぁんっ!と歪な金属音を立てて二本目の左鋏がジャンに向かって横薙ぎに振る舞われる。


 それを防ぐ形となったリンに一言礼を言って、腹部に矢を突き立てるべく走る。

 

「ちぃっ!まだ右の鋏が空いてやがったかっ!」


 だがそれも最後に残った右の方の鋏がそれを阻み、カニの魔物の柔らかい腹部を浅く突き刺すのみとなってしまった。


 浅い刺突痕から白く濁った液体が少しだけ吹き出し、カニの魔物は右の鋏を盾の様に構えて少し後退する。

 外側は硬いが腹部は柔らかい、と見ていいのだろうか?


 後退する様な仕草と腹部を隠すようにして構えられた右の鋏から雑な考察とも言えない考察モドキをし、


「リン、それとジャンっ!二人ともなんとかしてあの子の腹部をさらけ出して頂戴な!私の弓ならかなりのダメージが出せるはずよっ!」


 と全体に目標を伝える。


「分かったっ!あの守ってるハサミがじゃまだねっ!」


「外したり火力足んねぇとかなったら許さねぇからなっ!人形女ぁ!」


 ジャンが吠えながらリンから少し離れてカニの魔物に肉薄し攻撃を繰り出し続ける。


 それは有効打を与えるというよりは目の前のうざったい存在に思わず右の鋏を使ってしまう、という状況を誘う為の動きのように見える。


リンはリンで大盾を叩きつけたり両足で踏ん張って左の二本の鋏からの連撃を大盾で防いだり、ジャンに左の鋏が行かないようにし、即席とはいえなんとか連携が取れた前衛二人組みの体を成していた。


 私はそれをじっと矢を番えたまま眺める。今ここで無駄打ちした所で硬い装甲に弾かれるし、チャンスが来たときに番えてませんでしたでは話にならない。


 リンが怪我をしないかだけが心配でならない。特にリンは二本ある左の鋏の側を担当しているだけにガードのタイミングを一つ間違えるだけで大惨事となってしまう。

 リンのレベルやこれまでの戦闘経験から滅多な事は無いと信頼しているが、やはり視線はリンの背中やカニの魔物やその鋏に行ってしまう。


「おらおら、おらぁ!どぉした!?うざってぇ羽虫ががんがん右のお手手殴ってんぞぉ!?振り払わねぇでいいのかぁ、あ゛ぁ゛!?」


 ・・・あれは放っておこう。どうやら彼も戦闘時は口の悪いタイプの様だ。

 いやまぁ、効果はさておき挑発する意図があっての事でもあるのだろうから間違っている訳ではないはずだ。


 ・・・果たしてどれぐらいの時間が経っただろうか、時間にしてみればそこまででも無いのかもしれない。

 ジャンが矢をがりがりと腹部を守っている右の鋏に突き立て続け、縦に一本亀裂を生じさせた。


 私が使う矢は即席で作り出さない限り全て一本一本事前に今持てるMP全て使って作っている為耐久性や貫通力は期待できる。もちろん、それは矢を少々持ちづらい近接武器として使用した場合も例外ではない。


 カニの魔物もまさか自身の鋏に亀裂が生じるとは思っていなかったのか、初めてジャンを振り払うべき脅威と認識したのか今まで防御に専念させていた右の鋏を大きく振り上げてジャンをどけようとする。


「っ!っおい人形女ぁ!仕事の時間だぞぉ!」


 ここまででかなりのフラストレーションが溜まっていたのか、やっと訪れた好機に弾んだ声でがなる。


「うるさっ!クロエぇ〜もー何でもいいから速くぅ」


 リンが左の鋏のうち一本を大盾でタイミング良くぶつけて弾きながら涙声で訴える。


 リンからも請われた事もあって私は番えたままの矢を狙いを定めて放つ。


 ずぶり、と派手な音も破壊音も無く柔らかな腹部に矢は刺さりカニの魔物はがむしゃらに暴れ周り、脚で支えていた体をどすん!と地面に落とす。


 川の水が派手な音を立てて飛沫となって飛び散り、地面を少し揺らす。


 暫くは脚で立ち上がろうとしては震え、自身の体を支える事が出来ずに脚を滑らせてやがてはその脚を今やピクピクと痙攣させるだけとなった。


 念の為追加で二発ほどカニの腹部に矢を放ち、私は構えていた滑車弓を下ろす。


「戦闘終了、でいいのかしらね。お疲れ様、リン。怪訝は無い?」


 リンは私の宣言に全身の力を抜こうとして、ジャンの存在を思い出して体を強張らせる。


 戦闘が終わって気持ちというか、状況が変わったからだろうか、私の後ろに隠れてしまった。


「あぁー・・・、まあなんだ。共闘したしその子のその態度からして少なくとも敵ではねぇのは理解したわ」


 ジャンは気まずそうにそう言って乱暴に頭を掻いて言う。


「・・・はぁ。そうね、私も共闘した仲だしある程度の事は話すべきかしらね。とりあえず、休憩所まで戻りましょ」


 向こうは私の指示に従って隙を作ってくれた。その分くらいは誠実に行くべきだろう。

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