第105話 魔導具と魔術師

「……それで、その人間どもはどうなったの?」


 棘を多分に含んだ声、これはリンの口から出た。

 大猿討伐の為に組まれた冒険者の連合は呆気なく、あっさりと全滅した。


 そのすぐあとにリンが起き、私達二人が妙に落ち込んでいるのを気にし、リリエルが軽く経緯を話している……という流れだ。


「亜人の子の爆発で全員死にましたよ。大猿には大してダメージを与えられずに」


「ふんっ……人間がする事なんて全部失敗すればいいよっ!そりゃあたしはクロエとリリエル以外は別にどうでもいいけど、それでもそんなのさいってーだよっ!」


 直接あの魔術師の新作……四肢を落とされ内蔵を抜かれ、極限まで軽量化された爆弾に改造された亜人の子供という冒涜的研究者と呼ぶに相応しい所業を見ていないリンですらその悍ましさに顔をしかめる。


 尚も止まらず人間への尽きぬ憎悪が口から飛び出すリンに、私達は止める気が起きなかった。


 気持ちは同じだ。あのような所業は人のする事では無い、あれではケダモノでありこの世で最も穢れの多い種族だ。


「まぁ……この件に関しては私も否定する気も無いから止めないけれど……。ちょっといいかしらリン?」


「リリエルもそう思うでしょっ!?やっぱ人間なんて――って、なあにクロエ?」


「これからの方針の相談を皆でしたくってね?」


 リンが寝ている間でも軽く話していた事をリンにも改めて伝える。


 人間は危険であり、亜人という立場上彼らと相容れる事は不可能に近いばかりか、魔術師どもは亜人を実験の材料にしようと人攫いや後ろ暗い事ばかりする連中だと言う事が今回でわかった。


 リリエルは逃げればいい、と争う事に否定的だが私としては早急に力が欲しいと思っている。

 すなわち、レベルが。


「んー……」


 リンの青と緑のオッドアイがこちらを見つめ、暫くそのまま静止する。


 今後の方針をリンが考えている中、やはりリリエルは私の考えにはあまり良い反応を示さない様子だった。


「やっぱり力で解決した方が速い、ですか?」


「いえ、まぁというよりは……私たちより強い人間がいた場合とか、そうでなくともそれ以外の……魔導具を使った奇襲とか、色々とありそうだからそれ対策をしたいと思ってね?」


「リリエルはいつも逃げて、それでなんとかなっていたので立ち向かうというのを経験した事が無いです、なので……」


 誰しも自身の経験から来るものを咄嗟に判断基準にしようとしてまうものだ。

 リリエルの場合はそれが逃走である。


 対策なんか取るよりも逃げてしまえばそれで済むのでは、とリリエルは自身の経験と過去から判断しており、対策をとる、立ち向かうという意見に対して信頼を置いていないのが反対の主な理由なのだろう。


 リンの意見次第では困ったことになるわね。

 リリエル派に傾いてくれれば私が諦めれば済むのだが、私と同意見でダンジョンに篭ってレベルを上げる方向性の場合ちょっとした説得が必要かもしれない。


「クロエはどうしたいのー?」


「え、私?私はそうね……どっちも、かな。対策や情報収集をしつつ、人間のいない場所に逃げる」


「えー……そんなのありー?ちょっと欲張りさんじゃないー?」


「どっちも必要だからしょうがないじゃない」


 ちょっと空気を和らげたくって、わざとむくれて見せてわがままを演出する。

 割合としては逃げるの方がちょっと多めかしら?


 対策は立ててもこちらから出向く事は無い。


 私自身のMPや付与のレベルが上がればもっと出来る事は多くなるのだが、現状で出来る事をするだけだ。


「あたしもじゃあそれでいいよ、クロエの意見にしたがうー」


「もぅ、ちゃんと自分で考えた結果かしら?」


「む、ちゃんと考えてるもん!クロエが言ってた様に人間はころしたらめんどくさいから放置でいいと思ってるし、魔術師?たちのやった事も結局はあたし達三人に危険がなければどうでもいいし、ね?」


 ほら!考えてるもん!と得意げな顔で自身の考えを説明するリン。

 一応自身の考えを持っているのならいい。


「じゃあ後はどこに行くか、ですかねクロエさん?」


「ん、そうね。そこが問題よ。とりあえず偵察用のハエを追加で作って情報収集しましょうか。二人とも手伝って欲しいのだけど、いい?」


「え、あれリンが自由に使ってもいいのー!?やったっ!」


 とりあえずはここ以外の場所の情報が必要だ。

 地図でもなんでもいい、最悪又聞きや噂程度でもいい。


「じゃあまとめるわね。ここ、創世樹街からはもう撤退する。そしてその前に色々と情報を集める。期日はいつまでにする?」


「早ければ早い程いいと思います。三日?とかどうですか?」


 今まで一階層で大猿の討伐戦を眺めていたハエ、その同型となるものを二つ作成しながら二人の意見を聞いていく。


 リンとしてはどっちにしろ大猿に殴られた腕が完治するまで馬車でおとなしくしているしか無いので期日に関しては意見無し。

 故にリリエルの提案した三日を期日に、ハエでの偵察は操作も簡単な為リンにも手伝ってもらい、集められるだけの情報を集めて創世樹街から撤退。という流れになった。


「よし、こんな所かしらね。さ、それじゃ早速で悪いけれどこれでギルドとか路地裏とか、色々と盗み聞きしちゃいましょうか」





 やはりリンは治療の為に安静にしていた関係か映像越しとはいえ外の景色を見れるこの偵察用のハエを気に入っているようだった。


 私達も別段さぼっているつもりはないがリンの熱意に比べればやや劣る。


「あ、みてみてクロエ」


 ベットの上で手招きするリンの横に来れば、映像には創世樹街のギルドに併設された酒場が映っていた。


 テーブルの裏に張り付くようにして隠れたハエを通して冒険者達の会話が聞こえる。


「大猿討伐ってそういやどうなってんだ?」


「さあ、知らねぇな。だがあの入れ墨野郎どもが口出ししてきてんだし上手くいってるだろ」


「ま、それもそうか。けど珍しいよな?あいつら仕事奪われたっつって魔導具と俺達を嫌ってんのによ」


「だからこそだろうが、今回で上手くいけば自分達がもう時代遅れの亜人の追っかけだって否定出来ると思ってんだろ。何が魔術師だよ、あいつらイカれてやがる」


 その後は延々と冒険者たちによる愚痴やもはや言語の体を成していない程に酔いつぶれたのであろう呻き声しか聞こえてこなかった。


 リンの頭を撫でてあげながらお手柄だと褒めてあげる。


 魔術師がダンジョンと創世樹街に対してどういう立ち位置なのか分かった気がする。

 これは予想だが、魔導具が登場する前は魔術師というのは人間にとっての魔導具だったのだろう。


 亜人の様に自由に強力な力が手に入る手段であり、自分達魔術師はその探究を許されている尊き身分。

 恐らくはそんな感じだったのだろう、きっと王からの覚えも目出度く、冒険者の発言からして亜人・人間を問わずかなり無茶で横暴な事ばかりしてるのだと予想できる。


 だがそこで魔導具が出た。

 それまで自分達だけが魔法に関しての様々な権利や探究手段を持っていたのに、それをぽっと出た訳のわからんダンジョン等と言うものに権威を危ぶまれている。

 魔術師にとって魔導具とそれを求める冒険者、ひいては今の人間社会全てが許容出来ない状況なのだろう。


 故に今回大猿討伐に際して自身の開発した新作を持ってきたのだろう。ほら、俺達はまだ有用で権力のある集団なのだと、そう証明する為に。


「ちょっと……これは魔術師関連は相当危険な集団なんじゃないかしら?」


 追い詰められた気狂いの集まり……何しでかすか分からないわね。

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