第104話 討伐開始

 徹底した遠距離からの攻撃によって冒険者達の企みを潰す大猿に、もはや計画の体を成していない冒険者達……戦闘の始まりは人間達にとって圧倒的に不利な状況で始まった。


「人間を恐れているんですかね?あんなに強い大猿なのに」


 リリエルが不思議がって話す。


 だがおそらくそうではない。私はそう思っている。


「多分違うわ。ねぇリリエル、野生の動物が狩りを行う時、どれだけの力を出すと思う?」


「えっと、勝てそうな相手なら半分くらい?ちょっとでも不利ならリリエルなら逃げます」


 リリエルらしいいい答えだと思う。

 特に不利を悟り便所裏にこびりついた糞の様に邪魔くさいプライドを持たない所が好感が持てる。


 生きてこそ、だ。


 たが私の答えは違う。


「これは私の考えだけれどね?私は全力だと思うわ。小さく非力な相手はその分生き残る、逃げる力に全力を注いでいるものよ。そんな相手に中途半端な力を使っては逃げられて、ただ体力を消耗する結果になる……と私は思ってるわ」


 ライオンだったかしら、狩りの成功率が半分も無いのは。

 野生動物の狩りの成功率って以外と低いのよね。

 まぁそんなぽんぽんと狩れたら生体ピラミッドがぼろぼろちゃんだから納得も出来るのだけれど。


「どれだけ弱い相手でも、自分の命を脅かす可能性がある。どれだけ全力を出しても自分が出し抜かれる可能性がある。だから野生を生きる生物に慢心する、油断する。という事は無いのよ」


 正確には、そんな個体は明日にでも死ぬから結果として存在しない。というだけの話だが。


「だからあんなに弱い冒険者相手にもあの大猿は近づかないって事ですか?」


「あくまで私の考えよ。でも、そんなに離れてはいない……と思っているのだけれど」


 ふぅん、とリリエルは言って私の言葉が果たして本当か確かめるように画面越しに大猿を見る。


 相も変わらず大猿は鉄兜の冒険者と、その周辺に隠れている冒険者、その全てに徹底した遠距離攻撃を仕掛けていた。

 既に隠れていた冒険者の大部分はその姿を晒され、投げつけられる遺跡の一部から逃れるべく散り散りとなっていずこかへ行ってしまった。


 もはやこの戦場にいるのは鉄兜の男と彼の近くにいた数人の冒険者、そして大猿のみだった。


 一通り暴れ、冒険者の企みを台無しにして満足したのか、大猿は掴んでいた壊した遺跡の破片を放した。


 戦場を俯瞰していたハエを一旦地上へと戻し、元拠点と呼んで差し障りない残骸に潜ませてこの討伐戦の行く末を眺める。


 鉄兜の冒険者の、その隣にいる冒険者達が彼に視線を少しだけやる。

 この作戦の指揮を取っているのは彼で恐らく間違いない。となればこのお粗末な結果の責は当然彼のものだ。


 言葉は無かったが彼をどこか責める、あるいは現状を打破する一手をはやく提示しろ、そう言いたげな彼らの視線が映像越しにも分かる。


「……逃げられはせぬか。総員、盾を構えろ。あの新作は俺が持つ。無理矢理にでもぶつけてやらねば」


 冒険者の持っていた四肢の無い亜人を乱暴に取って宣言するも、冒険者達の反応は良くない。


「えっ……ですがリーダー、それでは俺ら」


 死んでしまう、そう続けたかなったのだろう冒険者の言葉はしかし鉄兜の冒険者の視線によって黙らされてしまった。


「どのみちこうなっては逃げる事も叶わん。であれば我々は少しの希望に賭けるしかあるまい」


 逃げても死ぬなら一か八だ!要するにそういう事らしい。

 指揮官としてはどうかと思うが、現状だけを見るなら確かに最適には思える。


 こういう状況にそもそもならないのが最良という点を除けば。


 リーダーである鉄兜の男に聞かれる事も気にせず、彼についてきた僅かばかりの冒険者は口々に罵り、嘆く。

 やっぱり体の良い冒険者処理じゃねぇか。

 来るんじゃなかった、こんな街。

 お前になんかついていくんじゃなかった。

 魔術師共め、そんなに俺達冒険者がきらいかよっ!


 好き放題に言う冒険者に気にせず彼は走り出す。


「俺についてこなけれはどのみち死ぬぞっ!死ぬ気で俺を守れっ!やつを倒さねば共倒れだっ!」


 うわぁー……やる気の出ない発破の仕方ねぇ。


 やっぱりダンジョンに来る冒険者なんて実力の無い荒くれか実力のある荒くれしかいないのかしら。

 

 大猿は向かってくる冒険者達に一度放した瓦礫を掴み投げる。

 が、それを彼に忠誠では無く死にたくない気持ちのみでついてきた冒険者が魔物の膂力に対してあまりにもお粗末なサイズの盾で必死に弾く。


 腕が折れる音がはっきりと聞こえ、瓦礫から庇った冒険者は悲鳴を上げてその歩みを止める。


 残りの冒険者達はそれに構わず突撃を続ける。

 大猿もこれ以上遠距離攻撃は出来ないと判断したのか両腕で地面を何度も叩き威嚇するような動作をとる。


「これ……勝てるんですか?」


 計画や罠もただ一個用意するだけで二次策も無く、失敗すれば自爆覚悟の特攻。

 そのあまりにもあんまり様を見てリリエルがこう零すのも、まぁ無理からぬ事だ。


 私も同じ気持ちだから尚の事。


「うーん……あの亜人の子供がどれだけの威力になるかよね。新作って言っていたし……出来れば不発に終わって欲しいものね。あんな物が有用だと証明されたらいずれリリエルやリンが標的にされかねないもの」


「そうですよね……リリエル達も危ないですもんね。……人間達のいない所へもう逃げてしまいます?」


 そろそろそうした方がいいのかもしれない。


 人間達は躍起になって亜人たちを追い立て、残酷な実験の材料にしている。

 そうでなくとも差別が当たり前に横行する……三人でどこか別の国や大陸にでも行こうかしら。


 亜人たちが逃げた跡を追うのは駄目だ。リリエルは混血でありそれが原因で彼女に危険があってはいけない。

 もういっそ、ダンジョンの中に篭ってやろうかしら。


「ダンジョンの中はどうかしら?レベルも上げれて危険に怯える事の無い力もつくわよ」


「うーん、立ち向かう……っていうのがリリエルはあんまりなので、力とかは」


 ふむ、争ってる時間があるならば別の事をした方が有意義なのはそうね。

 けれど見えている脅威を排除しないのも不安ではあるのよねぇ。どうしましょうか。


「リンの意見も聞いて最終的な判断をしないといけないわよね、結局は」


「ですね。……リリエルとしては人間のいない所へと早く逃げたい気持ちで一杯です」


 リリエルの意見はそうと、私はしっかりと記憶して分かったわとだけリリエルに返す。

 

 テレビの雑音のように会話の裏で、画面では冒険者達の命がけの特攻が成功し、見事に爆発に全員巻き込まれて生きているのは大猿だけとなっていた。


 大猿は……右腕の一部を大きく欠損している以外は負傷は見られなかった。

 私達が会話をしている裏で、なんとも呆気なく冒険者達は全滅し、散り散りとなった冒険者達も大猿がいつ呼んだのか猿どもによって死体となって大猿の元へと運ばれて来ていた。

 

 投げ入れる事も出来ず、一緒に自爆して亜人も人間もいっしょくたの同じ肉片になってしまったわ。

 こうなればもはや同じ死体ね。


「リリエル達が話している間に終わりました?ひょっとして、どうなってます?」


「大きな爆発はあったわ。大猿に確かにダメージを与えれるだけのものは。でも爆発範囲が広すぎて巻き込まれておじゃんよ。本来投げて使う想定だったのでしょうね」


 さて、大猿はこっちでやっておきましょうかね。


 ハエを操作し、大猿の後を追跡する。

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