第103話 接敵

 普段はあまりだらしのない態度は駄目、と諌める所だが状況が状況だ。

 ソファーにもたれ掛かるリリエルに何も言うこと無く好きにさせ、私も項垂れて


「やってらんないわぁ……早いところレベル上げて何でも生産魔法で作れるようになりましょ」


 と固く誓う。


 いい加減にうんざりしてきた。

 いつまでも疑ってかかるギルドに、亜人差別が大好きな人間共、そして何よりも倫理観に囚われず自由に探究する魔術師達……異世界とやらは頭の痛くなることばかりだ。


「なんだか息を吸っても酸素が入ってこない感覚です……。ずっと苦しくて肺いっぱいに酸素を取り込みたいのに出来ない、胸のあたりがつっかえてる……分かりますか、クロエさん」


「ええ、人形の私だけれど理解出来るわ。夢も希望も品切れで嫌んなるわ」


 異世界ものの小説というともっと夢や希望が、などと能天気極めたような明るい話が多い筈なのだがね。

 現実なんてこんなものか。結局どこに行こうとそれなり苦労はするし苦悩はする。


 現実で苦痛八割幸せ二割なら、異世界行ってもバラ色なんてありえないのが常よね。

 異世界行けたら楽できる!やったーチートハーレムだあ、なんてあり得る訳無いのよ。


 だとしてもだ。ここまでに腐りきって終わりきっている世界には文句も言いたくなる。

 大衆に受け入れて貰いたいなら醜く能力の低い人間にならなければ、能力の方を欲するなら大衆からの差別と好奇の目に晒される事になる。


 ままならないわ、ほんと。


「ま、どうにもならない事に思考を割いても仕方ないわ。なるべく考えないように、ただ映像を見るだけに集中しましょう」


 それが私に言ったのかリリエルに言ったのか、私ですら定かでは無い。


 現実逃避と共に画面を注視すれば、やっと動きがあったのか一階層の冒険者達が慌ただしく動き出した。

 拠点設営は既に終わっているらしく、例の四肢を落とされた亜人が木箱の半分開いた蓋から見えていた。

 

 偵察用のハエから拾った音が映像越しに聞こえる。


「偵察隊の鐘の音だ。西の方角!持ち場につき、爆弾の用意をしろ!」


 リーダー格の男の声で動き出す冒険者達、人間のくせに統率力はあるようだ。

 リーダーと思しき鉄兜の男のそばにいた冒険者達が仮設拠点の奥から次々と木箱を外へと運ぶのが見える。


 そのどれもが四肢を落とされた幼い亜人らであり、冒険者はそれを当然そうする様に腹部の切開跡に手を突っ込む。


 四肢が無く持ち手となる部分が無い為にそうしたのか、肘まで進めた手が子供らの内部で何かを掴んだように見えた。

 おそらくはどこかしらの主要な骨か内蔵だろう。

 

 そうしていつでも投げ入れられるように構えた冒険者は西から来るであろう大猿から死角になる位置に息を潜めて待機する。


「配置は?」


 と鉄兜から。


「へい、持ってきた魔術師達の新作全部、配り終えやした。俺も持ち場につきます」


 先程から鉄兜の男と密に連絡を取り、全体の統率を補佐していると思われる冒険者が答える。

 赤い、戦場に出ればよい的にしかならんスカーフが目立つ男であった。


 リーダーの鉄兜はそうか、とだけ返し補佐の男を見送る……が途中でそれを呼び止める。


「帰ったら一杯やろう」


「お、いいっすねぇ。そん時ぁあの下戸野郎も呼びましょうや。あいつ最近結婚しやがったんすよ、知ってました?」


「む……本当か。それは詳しく話を聞いてやらねばな」


 っすよね!と明るく赤スカーフの冒険者は言って既に待機している冒険者達の所へと走っていった。

 ……その手にはしっかりと四肢の落とされた亜人を持って。


 鉄兜の男は腰に下げたやや大型の鉈を抜き、構える。

 鉈を持たぬ方の手には湾曲した盾を持ち、出で立ちだけなら熟練の戦士……のように見える。


 私の理想を言うなら共倒れしくれれば言うことは無いのだが、さてどうなるか。

 冒険者皆が緊張に包まれる中、私達にとっては聞き慣れた音が一階層に響く。


 それは大きな、地鳴りに近いものだった。

 大猿だ、ヤツの足音だ。


「クロエさん、ハエを上空に飛ばしてもらってもいいですか?」


 リリエルに言われ、冒険者達の様子を観察してくれているハエを操作し戦場全体を俯瞰出来るように移動させる。


 見下ろすようにして一階層を見れば、冒険者たちからそう遠くない位置に例の大猿が見えた。

 大猿は以前私が戦闘した跡が目立ち、幾つもの矢が半ばまで突き刺さったままであったが、そのどれもから出血は僅かであった。


「傷が塞がってる……?再生能力に長けているのね」


「クロエさんなら、とうやって倒しますかあれ」


「えぇっと、そうね……生物である以上は脳や心臓が停止すれば勝てるから」


 方法は色々ある。

 このハエにちょっとした爆発機能をつけて耳などの体内に侵入して爆発させるとか。


 この方法なら今この場にいても実行できる。

 戦闘後や就寝時など、大猿が油断するまでこっちは馬車内でゆっくりぬくぬくしていればいいのだ。


 これも生物である以上どうしようもない点だが、どれだけ強固な外皮や骨、筋肉を持っていたとしても鍛えられない部位というのは存在する。

 雄であればそれこそ生殖器など、あれは言うなれば子孫を残す為に体外に露出し冷却しなければいけない内蔵である。


 同様に体内の腫瘍臓器の類もそうであり、何も馬鹿正直に正面から突っ込むのが戦では無い。

 なにも爆発でなくとも小さな牙なりなんなりつけて少しずつ削ってやっても効果はあるだろうしね。時間が掛かるだけで。


 そういった事をリリエルに話せば想像してしまったのだろうか耳を抑えていやいや、と反応を返す。


「自分よりも遥かに小さな生物に体の中に入られるなんて……うっ、気持ち悪い」


「あー……ごめんなさいね。ちょっと酷い内容のお話だったかもしれないわ」


 冒険者の方へゆっくりと向かいつつ、鼻を鳴らしたりしている大猿を見ながら謝る。


 改めて見ても大きな身体だ。

 今でこそ私自慢の滑車弓とそれから放たれたやや大型にすぎる矢が何本も刺さって見るに堪えない姿だが、元は遺跡群においてよく目立つ白い体毛の大猿だった。


 白の体毛の所々を赤く染めた大猿は冒険者が隠れ潜む拠点まで近付く。

 もはや冒険者の肉眼でもその姿がはっきりと見える程だろう。


「あっ、接敵するわ」


「でも……前みたいに突っ込んでこないですね?ほら、あの時の……誰でしたっけ?ユーキ?みたいに速攻で殴ってくると思ってたんですけど」


「……もしかしてユーリの事?」


 あぁ、よく覚えてましたね。とリリエルが感心したように言う。


 だが確かにリリエルの言うとおり、大猿は鉄兜の冒険者はおろか隠れて待機している冒険者にも近付いていない。

 鼻をしきりに鳴らし、落ち着かない様子の大猿はやがて、リンにかつてやったように遺跡の一部を壊し遠距離から投げつけ始めた。


「最初から遠距離からなんて、大分ね慎重ね」


「隠れている冒険者に気付いたんですか?なぜ?」


「多分鉄の匂いとかそんなんじゃない?人間以外の生き物って五感が優れているもの。生活し慣れている場所に嗅いだことのない匂いがある。とかで気づいたんじゃないかしら」


 猿って嗅覚鋭いのかしら?


 寡聞にして聞かないが、まあ人間よりは鋭い、と思う。

 というより人間の五感や身体能力がクソ雑魚すぎる。

 持久力は他の生物と比べて高いとか聞いた事はあるけど……それ以外はあまり特徴らしい特徴を聞かない種族よね、人間って。


 俯瞰した戦場は幾つもの投石によって逃げ回るしかない鉄兜の冒険者と彼の仲間達の逃げ回る様を余すことなく映し、この戦闘が長引きそうだと予感させた。

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