第102話 人という種族
魔術師。そう呼ばれる存在が如何に冒涜的かつ倫理観にとらわれない科学者の様な存在か理解した。
リリエルにはこの先は酷な事かもしれない、亜人を単純な資源や家畜としか見ていないあの扱いを見るに、この先も素晴らしい人間の本性や探究心の産物が次々と出てくるやも知れない。
「リリエル、もう見るのやめいちゃいましょう。気分が悪くなるだけよ」
「いえ……人間達がどんな攻撃手段を持っているか探れますし、リリエルは見るべきだと、思い……ます。見たいかどうかは別に」
リリエルの言う事も一理あると言えばそうだ。
情報は力だ。知っている、というのは強みであり、対策を取れるという事だ。
人間の冒険者が亜人をこういう使い方をしている、現状ではこう言う使い方が確認されている。
私達は亜人であり、人間とは相容れない立場にある以上、いつ何処で敵対するかは分からない。
そうなった時に私達に対して先程見た亜人製の手榴弾が出たときに知っていると知らないでは対応に差が出る。その意味で言うなら更なる発見を期待し、視聴を続けるべきなのだが……。
私自身の感情を言うのであれば、これ以上はもううんざりだっていうのが素直な感想だ。
「それなら私だけが見て、後で伝えるだけでもいいのよ?無理してまでリリエルが見る必要は無いのよ」
「え……でも」
リリエルは戸惑うように、本音と気遣いの間で揺れ動くように言葉を詰まらせこちらをチラチラと見る。
「いえ、やっぱり残って一緒に見ます。人間どもと出会ったら嫌でも実際に見ることになるんですよね?だったら後か先かの違いしかないです」
敵対するかはまだ分からないのだけれど……表面上は普通にしていれば敵対まではいかない、はずよ多分。
私はリリエルの言うこともそうだと思い、本当に無理なら遠慮無く見るのをやめる事を約束して、と言うしか無かった。
リリエルが頷いて了承したのを確認してから私達はまた二人して映像を見る。
リリエルはもうドライフルーツにも、本にも手を付けず真剣な眼差しで映像の中の冒険者を射殺さんばかりに睨みつけている。
私とて似たようなものだ。
あぁ、何故安全かつ快適で安心出来る我が家とも言える馬車内でこのような気持ちにならなければならないのか。
「亜人を今回の大猿討伐に連れて行かなかったのもあんなものを用意していたからなんですかね?」
「……あぁ、なるほどね。理由の大部分がそれを占めているのかもしれないわ。そりゃあんな酷い物、私達の前で出してみなさいな、その場で殺し合いよ」
「そうですね。リリエルも次ギルドに行ったときに冷静でいれる自信が無いです。リリエル達以外の亜人は何で何も言わないんですか?」
映像の中の冒険者達を見ながらリリエルと憶測を交えてギルド、及び人間種の技術発展等について話す。
映像内では本格的な布陣を終えたのか冒険者の多くが急速を取っている。
リーダー格の男は複数人の冒険者に命じて斥候をさせているらしく、大猿の位置を探ろうとしているようだった。
待ち伏せし、亜人を投げ入れて爆発させる算段か。
私はもはや当初のように厄介な大猿代わりに討伐してくれてありがとうね、とは思えなかった。
もはやかの大猿がこの冒涜的で悍ましい人間どもを引き裂いてはくれまいかと願うまでである。
「多分だけれど……最近出来た魔法陣なんじゃないかしら、あの亜人の子供に書かれていたのは。存在がまだ広く知られていないから話題に上がっていない……んだと思うわ」
「でも、確実に二度目の人間と亜人の戦争のきっかけになりますよ。あんな酷い仕打ち……」
「ちょっと待って、二度目?」
リリエル発言を遮って聞く。
まあそうだろうとは思っていたけれど、やはり一度亜人と人間は戦争をしていたのね。
「え、クロエさん知らなかったんですか?」
「えぇっと……人形って遠い所に故郷があるから、ここらへんの事は全く……なのよ?」
目線を逸して下手くそに誤魔化す。
人形なんて種族私しかいないから、なんとでも言えるのだけれど、嘘をついている事実が心苦しい。
「そう……ですか。一応詳しく教えた方がいいですか?」
リリエルの反応からして、結構有名な戦争なのかしら。
私ひょっとしてかなりの世間知らず発言しちゃった?
うん、と素直に頷いてリリエルの方に身体を向けて聞けば、なんでもそもそもとして種族の違う亜人同士が結束し、友好を結ぶきっかけとなった戦争だとか。
人間の、その数だけは無駄に多いという利点によって無理矢理に能力差を埋められ奴隷として、あるいは魔術師の実験材料として、その他様々な碌でもない理由によって殺され、捕らえられたりした亜人達。
それまでの生活スタイルや土地を捨て、人のいないところへと移動し、その先で今まで存在すら知らなかった種族も含めて共通の敵、人間に対する共同戦線が張られた。
数さえ揃えば亜人側に戦況が傾くのは自明の理。
結局は亜人達が連合軍となった後は人間の敗走続きで、表向きは休戦、及び互いに不干渉が約束されている……らしい。
「あー……なるほどね。私これ知らなかったの結構問題ね。大事じゃない」
「そうですよ、リリエルみたいな混ざり者でも知ってるんですから。クロエさんが外で恥をかかなくてほっとしました」
「うへっ、ごめんなさいねリリエル。助かったわ」
亜人達が人間を除く種族との友好を築くきっかけとなった戦争という大きな転換期を知らない、と言ったのだからそりゃリリエルが驚くわよね。
「で、亜人達はどっかで連合国でも築いているわけ?」
「さぁ……噂ではそうらしいですけど。旅も命がけですし、どこにあるかも分からない、噂でしか聞いたこと無い場所に行くのは危険ですし、リリエルは諦めてましたね」
それに、まぁ……と付け加えるように自身の目に触れるリリエル。
確かに混血という不安があると二の足も踏むか。
それにこの時代での旅、となると現代地球人の想像するよりずっと過酷でつまらないものだろうし。
便利なキャンプ用品は当然無いし、排泄もその辺で、紙でケツを拭きたい?ご冗談を。
食べ物?保存が効く食料は加工技術の関係上、吐瀉物と肩を組めるほど味を捨ててますがなにか?
そんな状態で、どこにあるかも分からない少なくとも人間の生活圏から遠く離れた所まで避難した亜人達が暮らす場所を探す……うん、やる気出ないわね。
要は戦争時代の民族大移動に乗り遅れたり、奴隷解放された直後の亜人なんかは置いてけぼり食らった訳ね。
んで難民化と。
「だいたい分かったわ。で、それを踏まえた上であの仕打ち……な訳ね」
「はい、表面上は不干渉や休戦を謳っていたとしても裏では未だに亜人を攫う連中は多くいますからね。証拠や尻尾を掴めず声を挙げれないだけで、これが表に出ようものなら……考えたくも無いです」
二人して溜め息が出る。
全く、なんで自宅でこんな気分にならないといけないのかしら。
人間って本当に最低のクズね。
「もういっそこの冒険者達早く全滅しないかしら。まだそのほうが気分が晴れるわ」
一階層で休息をとっている冒険者連中がもはや憎くてしょうがない。
いや、実際の所彼らがそういった人攫い等の後ろめたい様々な事に加担しているかは定かでは無いが……。
人間、という種族で纏めて悪人判定をつけたくなる。
「リリエルも疲れました。言い方は悪いかもですがリンさんが休養してて良かったです。暫くリリエル達も休日ですから」
ごろごろしてとにかく今は思考を放棄したいです、と締めくくって私がやったようにソファーの背もたれに盛大に身体をなげうったリリエル。
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