第101話 冒涜的研究者
「んー……クロエさんなんだか飽きてきました。ずっと歩いてますし、戦闘も無いです」
とリリエル。
ただ一度の猿どもとの戦闘の後、冒険者達は塊となってどこかへ歩いているようだった。が、それがあまりにも長い。
リリエルが飽きる程度にはただひたすらに歩いているだけなのだ。
確かにコンテンツとしては微妙よね、撮れ高も無くひたすら遺跡群を歩くだけのチャンネルだなんて、地球なら再生数二桁もいかないんじゃないかしら?
私の記憶を頼りに作った本の続きの方が気になりだしたのかリリエルはドライフルーツをぱくつき、もはや映像は見ていなかった。
昔見たお気に入りの本の内容をそのまま移し、馬車内の本棚にいくつか入れている。
リンはあまり読まないが、リリエルは本を読んだり絵を描くなど趣味が洒落ているのかよく読んでくれる。
この時代で読書を趣味に出来るなんてリリエルは恵まれているわね、とは言わないでいる。
少し前、リリエルと出会うきっかけとなった依頼の際に質の酷く悪い羊皮紙に描かれた地図をギルドの受付が見せてきたように、製紙技術に乏しいこの時代だ。
本がいかほどの価値かは語るまでも無く、読書とは貴族等の尊いとされる身分にのみ許された高貴な趣味と言えよう。
「確かに戦闘が異様な程少ないわね。私達が一階層探索してる時ってこんなに平和だったかしら?」
「え?そう、ですね……多分そんな事は無かったはずです。……リリエルの気のせいという話もありますけど、猿の動きが良いかもしれない、という話もありますし」
なんだかいつも狩りを行いレベルを上げている一階層のはずなのに、そう感じない。
違和感がある。
では具体的にどう、と問われればそれはわからない。
が、なんとなく猿の挙動が変だ。戦闘がいつもより少ないな、というともすれば気のせいだべ、わはは。と笑い飛ばされておしまい。
そんな風になりかねない程の小さな違和感とも呼べぬ何か。
「あ、冒険者達が止まりましたね」
リリエルが指摘した通り、映像内の冒険者達は元々ここを目指していたのか、それは定かではないがその歩みを止めた。
「何を……あぁ、一時的な拠点でも建てるつもり?遺跡の崩れた部分を修復すれば資材も少なくて済むし……罠でも張るのかしら」
まさか大猿見つけた!さあ正面からぶつかるぞ、では無いと思っていたが、何か策があるのかしら?
まあ亜人等の身体的な優位性が無い人間に出来る事なんて限られているものね。
獣の膂力に対して鎧のなんと無力な事か、衝撃はやすやすと鎧を通り臓腑へと響き人を壊すし、人の細腕の頼りない事よって話ですものね。
だから人は道具に頼るのですものね。
さあ、何をするのかしら……?
「ちょっと興味が出てきました」
リリエルもやっと訪れた画面の変化に好奇心を刺激されたのか本を閉じて本格的に映像に集中する姿勢を作る。
映像内では冒険者達は私の言ったとおり遺跡を拠点として利用する為か一部を修復しているようだった。
すでにその幾つかはここまでの行軍で疲弊した冒険者達が腰を下ろして休んでいたりもする。
観察を続けていると、この冒険者集団の中でリーダー格と思われる男が
「アレを用意しろ」
とだけ言った。
その声は頭部を隙間無くしっかりと覆う鉄兜によってくぐもって聞こえた。
私とリリエルは男の言うアレという物が気になりこの映像を写しているハエを少し移動させ近づく。
今まで冒険者たちを付かず離れずの距離で追跡し、見たものと聞いたものを映像として届けてくれたハエが冒険者達にぐっと近くなる。
やがて二人の冒険者が木箱を運んできた。
それは小さく、四角い木箱であった。
「さて、人間はどういう秘策を……っ!?おい、冗談だろ?」
「っ……、このっ、糞の詰まった肉袋共がっ!!どれだけ亜人を辱めれば、気が……」
私が思わず口調が荒れる程に、リリエルがこれまでに聞いた事の無いほどに口汚く冒険者達を罵る程に木箱の中身はおぞましかった。
その中身は亜人の子供であった。
四肢を切り落とされ、全身に文字が刻まれた。
胸の中心から
リーダー格の冒険者が確認を取るように言葉を掛ける。
「まだ生きているのか?」
それにこの木箱を、そして冒涜的措置を施された亜人の子供を運んできた冒涜的二人は答える。
「へい、中身は必要な臓器以外取ったんで日持ちはしねぇですが、まだ生きてます」
「その他にも取れそうな部分は取りましたんで、投げ入れるには十分な軽さかと」
男はそうか、ならいい。とだけ言って出番まで保管しておくように冒険者に支持し、また別の冒険者になにやら話をしているようだった。
馬車の中で呑気に映像を見ていた私達は暫く無言だった。
ただリンの規則正しい寝息だけが聞こえる。
その沈黙を先に破ったのは私で、そうであって欲しくない確認をリリエルに取る。
「ねぇ……リリエル」
「……なんですか、クロエさん」
二人とも答えは恐らく分かっているのだろうが、確認は必要だ。
「あの亜人の子供に刻まれていたあれ、あれが人間の魔術師達が全身に刻印すると言っていた魔法陣、それであっているかしら?」
「はい……。リリエルも魔術師を見たのは一度だけです。それも死体だったから詳しく知っている訳では、ですけど確かにあれは魔法陣です」
リリエルと最初に会ったとき、リリエルの除いて二人の仲間の死体があった。
その一体が魔術師の事に対してある程度詳しい亜人であったようで、リリエルが魔術師に少し詳しいのはその為であったようだ。
魔術師、それは
亜人と人間の仲が良くない為にそう呼ぶのだとばかりに私は思っていたが、もしこれが本当に魔法陣でありこれを刻んだ魔術師が、人間がいるのであればそう呼ぶのも無理からぬ事だと思う。
彼らはまさしく冒涜的研究者達と呼ぶに値する。
「で、ですがおかしいですよクロエさん。魔法陣は魔術師が自身の身体に刻むもののはずです。なんで……」
「私はなんとなく分かるわよ」
私には分かる。
冒険者達が言っていた『投げ入れる』というワード、そして可能な限り軽くする処置、なんとなくではあるが予想はついている。
「な、なんですか?」
「おそらくは爆弾よ」
言って私は盛大に溜め息をついて背もたれに思い切り身体を預ける。
どうせあの魔法陣は自爆だとかの魔法なんでしょうよ。
そうでなくとも自傷を免れない代わりに強力な魔法が発動するとか、そんなんよ。
簡単な話よね、そんな素敵な魔法をデメリットを無視して使いたいとなったらどうすればいいか。
死んでもいい、傷ついてもいい人材にその魔法陣を刻めばいいのよ。
そして爆発するという性質上投げるのが最適。
となれば体重の軽い子供が適任で、これまた四肢を切り落として内蔵を抜けば更に軽くなる。
そうして出来上がるのが血塗れ手榴弾。という訳よ。
この分なら多分人間達の戦争なんかにも積極的に使われているでしょうね。
ひょっとしたらカタパルトやバリスタなんかに装填して発射しているかもしれないわ。
そんな方法で戦争史、その技術の発展を進めなくてもいいのに……。
「私達が普段使っている閃光手榴弾のように、あの亜人は爆発するのよ、それを投げて大猿にダメージを与えるつもりなのよ、あいつら」
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