第100話 お菓子片手に観戦

「あ、戦闘終わったみたいですね」


 リリエルの発言で映像に目をやれば確かに、そこには一階層で猿達との戦闘を終えた冒険者達が戦後処理をしているようだった。


 冒険者達はその数が多く、少なく数えても五十はいるようだった。

 恐らくは複数のパーティか団体に声を掛けたのだろう、四人一組の冒険者もいれば十人ほどの規模の団体もいるようだった。


 人間というのは以前リリエルが言ってくれたように魔物とのレベルが近ければ近い程に純粋な種族としてのスペックや個体値に左右されるというだけあり、無傷での安定した勝利とは程遠い様相であった。


「……猿との戦闘を一度した程度でこの有様?二、三人程戦闘不能になった奴がいるじゃない」


「本当ですね……。ですけどクロエさん、なんだか猿達の動きが良いように感じたんですけど……?」


 折れた後の鉛筆のようにひしゃげた脚を抑え苦しむ冒険者を創世樹街へと運ぶべく二人掛かりで盾を担架代わりにしている様子が映像には映っている。


 盾を担架にするとは、中々機転が効くようね。

 そういえば、ヘルメットなんかも汁物とかを入れる器が無い時の即席の器として使ってたって話もあるし、案外普通のことかもしれないわね。


 革靴なんかも戦時中はお湯で戻して食べたって聞くし、利用できるものは利用する姿勢はこんな弱い冒険者達からも学べるかもしれないわ。


 生きていれば、だけれど。


「うん……?そうかしら……。いつも私達って閃光手榴弾とか、地雷とか、無力化したりしてから仕留めるから分かんないわ」


「戦闘になる前に不意打ちで殺す事のが多いですからね。じゃあ次の戦闘の時見ててくださいよクロエさん」


 私の手を引いて映像を見るように促すリリエル。


 見逃していたけれど、そうなのかしら?

 人間の冒険者が情けなさすぎるだけじゃなくて?


「そもそもこの調子で戦闘がまともに起こるのかしら、リリエル。ほら、負傷者もちらほらいるようだし一度の戦闘で疲労しすぎよこいつら」


「リリエルの気のせいならいいんですけど……もし本当に猿達が強くなってたらリリエル達が戦闘する時も影響しますから……」


「あぁ、確かにそうね。ならちゃんと確認はしないとね」


 リリエルの腰に手を添え、もっと二人密着して映像を見やすい位置に近づく。

 失敗したわ、もう少し大きい板に映像を写すように付与魔法を使えばよかったわ。


「あぅ……。クロエさん、この映像もう少し冒険者達に近づけれますか?」


 リリエルの言葉にうん、と頷いて映像を近付ける。


 正確に言うのであれば一階層、冒険者達の近くにいる私が作ったハエだが……。

 そのハエが見た、聞いたものが私達の馬車内の板切れに映像として移るという仕組みだが。


「これ以上は……ちょっと怖いわね。見つかるかも。でもギリギリ声も聞こえるはずよ」


 冒険者達からギリギリ視認出来ないよう、遺跡群の隙間から覗くようにしてハエを移動させる。


 一階層の冒険者達の会話の内容が聞こえる。

 内容は決して楽しいものではないようだった。


「何人減った……」


 しっかりと頭部を覆う鉄兜からくぐもった声が聞こえる。

 移動速度の低下を嫌ったのか全身に硬い金属を使うのではなく、所々に鈍い色した金属を用いた服を着たその冒険者の言葉に、一人の冒険者が返す。


「四人、減りました」


「そうか」


 短く、しかし落胆の色を隠せずに呟く男はどうやらこの集団におけるリーダー、あるいは総括の役割があるのだろうか。


 未だ戦後処理が終わっていない冒険者達を見渡した男の感情は分からぬ。

 が、私と同じく大丈夫か今回のパーティ?と思っているのだろうなと予測は出来る。


「負傷したのはどのパーティだ」


「新人のパーティ二組から合計三人、そこそこ歴の長いパーティから一人です。新人のパーティからはいずれも盾役が落ちています」


 一番先に攻撃を受けるのが盾役ですからね、しょうがないと言えばそうだけれど、あまりにも脆いわね。


 本当に大猿を討伐しに来たのよね?こいつら。


 負傷者一人に対して少なく計算して一人が運搬しなければいけない事を考えると、戦場から八人ほどがいなくなったのか……。


 ドライフルーツに加工した物をリリエルと二人して食べながら観戦を続ける。

 これいけるのかしら?


「負傷者を運んだ者たちを待ちますか?」


「いや……まだ大猿の姿すら確認出来ておらん、進むぞ」


 リーダー格の男の言葉を受けた冒険者は冒険者達にこのまま進むぞ!と号令する。


「はいリリエル、このドライフルーツも美味しいわよ」


「ん、これですか?……あ、ほんとだ。リリエルこれ好きかもです」


 一階層の冒険者達は随分苦戦しているようね……。

 ドライフルーツをリリエルにあげながら、味の感想を聞く。


 果実を乾燥させただけの簡単なものでも、生産魔法で仕上げをすればそのクオリティをより上げれる。


 汁気のあまり無いものが好ましいという点だけが注意点だが、それさえ注意すれば生産魔法でなくともこの時代の技術でも十分に作成可能だ。


 というより、航海等で保存食にしたのが始まりとかなんとか見た気がしたのだけど、記憶違いだったかしら?

 とかく乾燥したものとか、塩漬けにして固めたものとか、とにかくなんとか日持ちしねぇかと試行錯誤してた時代の産物だったと認識している。


 故に地球でお手頃にお求め出来るドライフルーツとは味はかなり違い、数日に渡って持つという事にのみ観点を置いているのがこの時代のドライフルーツね。


 その点私のドライフルーツは生産魔法で乾燥させた果物とお砂糖などを素材に作った、美味しいドライフルーツだから美味しいわ。

 だからリリエルもきっと気に入るとは思うのだけれど、と食べて貰ったがとうやら気に入ったようだ。


「このドライフルーツ、まだあります?」


「あるわよ、りんごが気に入った?」


「あの赤い果実ですか、このドライフルーツ。甘くて、リリエル大好きかもです」


 リリエルの視線が映像から離れ、ドライフルーツに移る。


 両手で大切なものの様にして小さな口でドライフルーツを食べるリリエルを横目に映像に目を移す。

 冒険者達は体力的にはまだ余裕がありそうだが、その表情はいずれもあまり良いとは言えないように見える。


 創世樹街での噂やギルドでの話によれば、以前討伐を諦めた程の強敵へ挑むと言われ、奮起出来る者は少ないか。

 ゲームやお伽噺話に語られる英雄と違い、彼らは今日を生き、明日もそうしたいと願う一般人に過ぎないのだから、無理もないか。


 ギルドでの私への対応を見るに人間にもあの調子で無理言って集めた面子なのかしらね。


「集められた冒険者からしてみれば事実上の死刑宣告なのかしら。勝てる訳が無いとか言い出さないだけまだマシなのかもね」


「んんぅ?」


 リリエルが口いっぱいにドライフルーツを頬張りながら返答するが、それちゃんと私の話聞いてる?


 リリエルが可愛いのでとりあえず撫で、まだリリエルが手を付けていないであろうドライフルーツを渡す。

 よく咀嚼しているのかリリエルは私の渡したドライフルーツを持ちながら映像を見ている。


「ほら、冒険者達の表情よ。猿如きに苦戦して負傷者を出している人間達があの大猿を数揃えただけで倒せるのか分からなくてね……」


 ドライフルーツおいしー、で頭いっぱいな気がしたので改めてリリエルに説明する。

 ふんふん、と頷いたリリエルはひとまず口の中を空にするためごくりと中身を飲み込み、私の意見に同意する。


「そうですね、何人死ぬんでしょうね?」

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