大猿討伐戦線
第99話 休日、家兼馬車にて
「ふむ……やはり魔法が使えない人間種は脆弱ね。それに亜人のように筋力や反射神経に優れている訳でもない……」
「同じレベル、同じ年齢の亜人と人間なら結果は分かりきってますからね……人間は絶対にその事実を認めないですけどね」
私とリリエル、二人してスマホみたいな板に映った映像を見る。
その映像には創世樹街のダンジョン、その一階層の石造りの遺跡群、そこに大量の人間の冒険者がいる場面が映っている。
人間の冒険者達は私が普段見ている日々を生きるのにも苦労している底辺の冒険者達とは違い、確かに実績と生存日数を重ねている冒険者達が大勢いた。
だが亜人の姿は一人として確認出来ない。
「それにしてもこのクロエさんの発明……すごいですね。この映っているえいぞう?でしたっけ、はクロエさんの操作している蝿の見ている景色なんですよね」
「ええ、偵察に使えるかもと思って作ったのだけど案外うまくできたわ。私の付与と生産の魔法はMPが足りないと上手く機能しないからね」
私達三人はいつもの休日のように馬車でくつろぐ。
だがこうして私の作った極小の蝿を外に飛ばして偵察をし、暇を潰している。
元々は大猿戦でのリンの怪我を案じて安静にさせている間、リンが退屈するだろうと思って作ったものだが、その当人は今はたくさん食べて眠くなったのか寝ている。
二階の自室ではなく一階の大型ベットでだが……もはや二階の自室はリリエルですら寝るときは使わず、全員で一緒に寝ている。
リリエルはちゃんと自室を気に入って使ってくれているが、リンに至ってはただの物置と化している。
そんな訳で私達は一階の大型ベットで手足を外に投げ出して呑気に寝ているリンを起こさないようにリリエルと二人で偵察用のハエによる映像を楽しんでいるのだ。
「私達も呼ばれると思っていたのだけどね、まさかの依頼失敗のペナルティがギルドでの売買が不利になるだけで済んだしね」
リリエルが呆れたように私の方へと僅かに体を預けて返事する。
「本当は創世樹街にいる冒険者にとって致命的なはずなんですけどね……クロエさんやリンさんの魔法で食料や生活基盤は好き放題に作れてしまいますから、ダメージにならないですね」
「私にペナルティを言い渡した時のギルドの受付の顔を見せたかったわ。勝ち誇ったように、これから苦しい思いするんだろうなって勘違いしていたあの顔よ」
「クロエさんが生存に適した能力を持ちすぎなんですよ、普通はこの板に映っている冒険者みたいに普段は魔物の皮やら肝やらを取って来て売る。それかたまに出る魔導具を売ってちょっと贅沢する。そんな生活をしているはずなんですよ」
それに加えて魔導具が無ければ満足に魔法も使えない。
使うには魔術師、亜人からは
すわなち、全身に魔法陣を描き自身の体を羊皮紙にして魔法を発動する魔法使い、あるいは亜人の劣化版……魔法陣の内容から魔法の種類の特定をされる事を嫌いローブを体にきつく巻き付けたその様子から亜人からは
つまるところ人間とは魔法も使えない、肉体的優位も亜人と比べて何も無く、数だけは多い弱者の集団という訳だ。
「こんな苦しんで生活しているのに亜人の魔法や能力には頼らないのよね」
「色んな理由があるんだと思いますよ」
「んんぅ、恐怖に、劣等感……そんなところかしら。自分と違うものを排除したがるのが人間よ」
自分達には全く無い未知の攻撃手段を持っている……その恐怖か。
あるいは自分達が弱者種族だと認めたくない事から来る弾圧や迫害か。
「あと一つだけありますよ……」
「ん?」
「宗教です。人の間で信仰されている宗教には亜人は悪だとかなんとか……詳しくは知りませんが」
リリエルと二人して大きく溜め息を付く。
ベットで寝ているリンが大きく身じろぎし、声が大きすぎたかとゆっくりと振り返る。
だがリンは体の位置を変えたかっただけなのかそのまま可愛らしい寝息を立てる。
ふう、と一息吐いてリリエルの先程の発言を思い返す。
宗教も一枚噛んでるとはね……。
真意は不明だが、亜人を排他する事でその宗教はなにやら得があるらしいわね。
亜人と一口に言っても種族やらなにやら、分けていけば色々といるのにねぇ。
「耳とか尻尾とか……これは又聞きですから確証はないですけど、きっとケダモノと交わった証だとか……その」
「あぁ……なるほど」
子供とはある意味で雄と雌の持つ遺伝子……設計図と言っても良いかもしれないわ。
その両方の設計図を見て、それぞれ適当な塩梅で二つの設計図を参考に子供……作品を作るという事だ。
つまり獣の特徴が出るという事は、雄か雌かそのどちらかが獣という事に、なるのかもしれない。
ここまで理論建てて考えなくともなんとなく父親に似ているだとかで子供とはそういう物だと言う認識が一般の人間にもあるのだろう。
そこから繋がって亜人とはもしや……と下衆な勘繰りや憶測が飛び交い、あらぬ噂が立つと……。
「色々な理由や状況があって亜人差別が横行している訳ね」
「はい……だからですかね、この映像の人間の中に亜人がいないのは」
「あぁ、亜人に頼らないといけないのは自分達人間種が劣っていると認めるみたいで意地張ってるのかしらね」
それを分かっているのかしらね、ギルドも最初から亜人を今回の大猿討伐に呼ばなかったのかもしれないわね。
「だったら亜人の方が冒険者になるには有利なんですかね?」
「あら、自分で自由に魔法を使える亜人がわざわざ魔導具を必死に集める理由があると?」
「……ですよね」
というか、魔導具を求めている。つまるところ魔法を求めている時点で亜人の後追いなのだけれど、それについては気付いているのかしら人間は。
魔導具を手に入れた、これで亜人と同じように魔法を使えるぞ!って言ってて違和感を覚えないのかしら?
「だからこの映像みたいに必死こいてダンジョンに潜るのは人間が多いのよ。ジャックみたいに亜人差別が比較的穏やかだから来るのもいるっぽいけれどね」
この映像に映っている冒険者達は全身を覆うまでは行かなくともしっかりとした品質の鎧や兜をつけ、猿どもと戦闘をしていた。
数匹の猿に対して必ず三人一組、集団によっては四人一組で緊張しながら戦闘をしている。
大型の丸みを軽く帯びた長方形の、成人男性がすっぽりと隠れるほどのタワーシールドと呼ばれる盾を構えた冒険者が前衛を努めたり等、ビビりすぎているように思えた。
「あっ……猿の攻撃で盾がっ。……人間って弱いですね」
「ひっどい戦い方ね……」
「リンさんが見たら怒りますね、こんな盾の扱い方。素人しかいないんですかね、あの大猿を討伐する集団なんですよね、これ?」
「そう聞いているわ。私が大猿の存在をギルドに言って、その後すぐに討伐隊を募集したらしいわ」
偵察用に作ったハエによって聞き込みや情報収集が格段に楽になった。
適当に酒場やギルドにハエを忍ばせているだけで玉石混交ではあるが情報が入ってくる。
その情報によればあの大猿は結構な脅威らしく、数年ほど前にも存在を確認されていたらしく、その時は結局は手負い止まりで討伐する事は叶わなかったらしく、今度こそという事らしい。
ギルドとしても無駄な人材の消費は嫌う所らしい。
初心者も多く探索するところである一階層に、とてもでは無いが初心者の手に負える訳ではない存在がいる。
これでは今後育つはずの有望株も死んでしまい兼ねない、それを良しとしないギルドは私の大猿を見たという報告に大慌てでリベンジを果たすべく動いた、という訳らしい。
「けれど、その討伐隊がこんなので大丈夫なのかしら……」
一階層にいる冒険者連中に付かず離れずの距離で止まっているハエからの映像を見ながらどれだけ死んでもいいから大猿討伐してよねーと呑気に思う。
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