閑話 生態調査報告書:猿
一階層の遺跡群、そのどこでもその姿を見ることの出来る魔物。
一階層においてはその戦闘能力や生態ピラミッドに関係せず、一番生息数の多い魔物であり一階層での戦闘と言われればまずこの魔物が上がる程ではある。
複数の雄と、その五倍ほどの数の雌によって集団を形成し、決まった巣を持たず行動域……(この場合は一階層全体を指す)を遊動し生活を営んでいる。
記憶力が良く、また知能もそこそこにあるのか一階層の遺跡群を上手く利用し奇襲や撤退など、亜人ではないただの人間種であるなら十分以上の警戒が必要な存在だと言える。
薄い茶色の体毛が特徴的であり、恐らくは一階層の遺跡群に溶け込める天然の迷彩としての役割の為と思われる。
この事からこの種族は長い年月をこの一階層で過ごし適応した種族だと言えるやも知れない。
通常戦闘になった場合は六匹か、多くとも十匹程度の集団での戦闘になる為、安定した防御策か、あるいは短期での殲滅力が求められる。
陣形の概念をダンジョン攻略をしている人間から学んでいるのか猿達は遠距離から投石による攻撃、近距離での鋭い爪や牙による攻撃と陣形……のようなものを駆使する事が確認されている。
だがそれ以上に複雑な隊や陣形を見ないことから、記憶力や学習能力はあっても応用能力が無いのか、あるいは一階層で戦闘し勝利し得る人間達がその程度の連携しか取れず、知恵も足りない為それ以上発展出来ないのかは不明である。
遠、近距離の攻撃どちらにも注意が必要である。
近距離の攻撃は言わずもがな、遠距離の投石も侮ってはいけない。
ただの石ころの投擲であっても魔物の膂力から放たれるそれは威力は十分で、ヘルメットや頭への防護策に乏しい場合は良くて気絶、最悪そのまま内出血であったり頭部の損傷が激しく、そのまま死亡という事もありうる。
本能か、あるいは学習した結果かは不明だが猿の投石は大抵頭にまっすぐに向かってくる事がほとんどである。
そのため、身分不相応な夢や愚かな好機を持って創世樹街へと来た人間どもは一階層でその命を散らし、猿に防具や骨以外の全てを食い散らかされている場合が多く確認出来ている。
非戦闘時では猿達は石畳の隙間にいる虫をほじくって食べたり、互いに毛繕い等をしているのが確認出来る。
毛繕いの目的は皮膚についた寄生虫等の除去であるが、それでも猿の糞弁を調べた所、細長い線虫と呼ばれる状態の寄生虫やその卵か幼虫か、極小の生物も確認出来た。
糞の多くに血が混じっており、粘性を持ち、腸内に寄生し摂取した栄養を奪っているようで、寄生された個体のどれもが小さく栄養不足の印象を受けた。
そうした個体が多いことから結果として猿達が爆発的に一階層に増える事を寄生虫が期せずして個体数の調整となっているようだ。
またこの寄生虫は固有の宿主でない種にも寄生する。
これは創世樹街の少し裏路地、夢破れ落ちぶれた元冒険者達の溜まり場の共用便所の糞からも同様の寄生虫が確認出来た事からも確定だと思われる。
体外に排出された寄生虫の虫卵は適切かつ適当な環境下においては雌雄成虫となり、交接して産卵する。
産卵から孵化した個体は感染能力を備え、経口、あるいは経皮感染による寄生生活へと移るそうだ。
適切でない環境においては子虫は直接感染能力を備えるようだ。
猿達もただ毛繕いだけが寄生虫対策では無いようで、ある種のヤスデに似た種を噛み、その分泌液や体液を体に塗るという奇妙な行動を取る光景を何度も確認された。
おそらくにはなるが、この行動は寄生虫対策ではないかと私は思っている。
最後にはなるが、本書がもし一般の目に触れる事があり、それがここ創世樹街であった場合早急に寄生虫対策を取るべきだと警告する。
路地裏の負傷した元冒険者達に既に感染が確認されている以上、表まで侵食するのは時間の問題である。
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「ほんと、生産魔法があってよかったわ。買った肉を素材に綺麗で寄生虫のいない状態の肉を作れなきゃとっくにリン達が体調を崩しているわ」
必要な事とは言えもう二度とホームレス同然の元冒険者達の所には行かないわ。
猿達の糞がやけに赤く、粘ついていたのを見て嫌な予感がして探りを入れて正解ね。
案の定寄生虫で、猿といえば人と近い事もあってか猿の宿主にする寄生虫は大抵人にも感染する危険性もあるしね。
嫌な予感に従って元冒険者の溜まり場の便所を漁ったらビンゴよ。
蠢く気持ち悪いほっそい紐みたいな寄生虫とか白い小さな卵とか……おかげで全身のパーツを総入れ替えしてから馬車に帰らなきゃいけなかったし、ほんと最悪よ。
「付与で寄生虫や人体に害あるものを排出して、とか出来ないのよねぇ、まだレベルが足りてないのかも」
馬車内でのんびりと生態調査報告書を書きながらさっさと創世樹街から去りたいわね、と思う。
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