第98話 依頼失敗?

「ユーリの立場って?」


 んー?と首を傾げて分からない、という仕草をする。


「えっとね、ユーリはこれから先ずっと脚が不自由なままで生きていかなきゃいけないの。ここまでは分かる?」


「うん」


 一つ一つ確認していきながら話をすすめる。


 普段私達が当たり前のようにしている共感、とも言うべき力は誰かから教わらないと身につかないものだ。


 相手の気持ちになって、とか相手の事を考えてあげて、というやつ。

 空気を読む力と言い換えてもいいかもしれない。

 リンがこれから先私とリリエルとしか関わらないとしても、これはある程度必要な力だ。


 自分勝手な子とは流石にずっといれる自信は無い。

 別段リンがそうだと言う訳ではない。今まで暮らしていてこっちの気持ちも考えてよ、なんて状況は思い出せない。


「それってね、凄く辛いことなのよ。もしリンが脚が無くなっちゃったら凄く悲しくないかしら?」


「うん。もうお外で走り回ったり、クロエに抱き着きに行けなくなっちゃうって事だよね?」


「そうよ、想像してみて?どんな気持ちかしら」


 どちらかと言うとこれは私達以外の他者との対人時において、有利に事を運べる様にする教育と言ってもいい。


 相手の立場や感情が分かれば、対人戦闘において先読みができたり、戦闘に限らず交渉の場においても優位が取れる。

 あと単純に一般的な感性や情緒を知っておいて欲しいというのも勿論ある。


「んっと、とってもかなしいっ!やだ!」


「そうね、とても嫌よね。ユーリもリンと同じようにいや!って気持ちで一杯で、思わず大声を上げたんだと思うわ」


 私の言葉にリンはそっか……と言って溜め息を一つつく。


 リンとは反対側、私を挟んで右側に座っているリリエルは黙って私の話を聞いているのか、特にリアクションは無かった。


 ただリンと話をする為に一旦中断していた取り外した右腕二本の清掃作業を暇なのか引き継いで綺麗にする音が聞こえるばかりだ。


「もしクロエの言うとおりなら……ちょっとかわいそう?」


 その言葉に反応したのかリリエルが言葉を返す。


「ですけど助けるまでは行きませんね。所詮他人ですし、クロエさんの魔法や知識はリリエル達だけが受けるべきです」


「うん、分かってるよ。そこはちゃんと分けてるよ?」


 リリエルも大分リンと仲良くなれたのか以前よりも普通に話せているように思う。

 

「分かってるけどクロエが言ったようにユーリの立場になる?ってしてみたら大分可哀想だなって……リリエルは、そうじゃない?」


「……リリエルがどれだけ可哀想で哀れであっても、手を差し伸べる人はいなかったですからね。その行為に意味があるとは……」


 リンから視線を逸してごめんなさい、とリリエル。


 相手の立場になってあげる、その行為で得られた事など無いリリエルにとっては理解出来ない話、か。


 気まずそうに私の右腕二本を持ったままのリリエルの方を向き、今度はリリエルにちょっとお話をする姿勢を取る。


「……クロエさん?あの、ごめんなさい」


「んー?どうして?」


「その……クロエさんが言った言葉を否定する形みたいになって、リリエルはクロエさんの言うように相手の事を考えるなんて事は、出来そうに……いえ、したくないんです」


 私の言うとおり相手の事や立場を慮ってやれる人で世界が溢れていれば、私の過去はあんなのじゃなかったはず、という思いからか私の言葉を信じたくない、否定したい、そんな感じだろうか。


 別段それは間違っていないし、自身の経験から来る言葉は相応に重い。

 正論や綺麗事に相対した時にそれを否定してやりたくなる程には。


 故に、できそうにない。では無くしたくないと言い直したのだろう。


 未だ私の取り外した右腕を抱えるリリエルに怒ってないわ、と言ってから私の右腕をテーブルに置いてもらってからリリエルと手を繋ぐ。


「リリエルの言う事も分かるわ。そんな人なんて今までいなかったし、みんな自分勝手ですものね。そんな奴らに相手の事考えて動いても損するだけだもんね」


「ん……そうです」


 実際は巡り合わせが悪かったり、滞在している地域の治安等に左右はされるのだが……世界が悪人で溢れていないというのも真実だが、同時に善人で溢れているという訳でもない。


 恐らくリリエルは相当に悪い所ばかりに出くわし続けたのだろう。

 それを思えば安易な否定は信頼関係の破綻を招きかねない。


 故にここは……少し方向性を変えて話してみる。


「私達の事も考えたくない?自分の事だけ考えたい?」


「それはっ!!それは……あぅ」


 私の言いたい事は分かったのかリリエルがやられた、という表情で黙ってしまう。


 見ず知らずの他人の事は考えたくない。そりゃあそうだろう。

 だが親しい人と親しくいたいなら、必要なスキルだと説得する。リリエルにはよく効く説得だと思う。


「他人の事は考えなくてもいいわ。でも私達家族の事は真剣に努力して欲しいの。それならリリエルも出来るわよね?」


「はい……そうですね。確かにクロエさん達に対してだけは嫌われたくないですし、ちゃんとしないと……」


「クロエに説得されちゃったね、リリエル」


 私の腰に抱き着いたままのリンが揶揄うのをリリエルはうぅ、と呻いて丸め込まれた反撃なのか握ったままの私の手をにぎにぎしてくる。


 人形の手と違って柔らかく、生きている温かみのあるリリエルの手に暫くされるがままになっていた。

 けれど右腕の清掃作業が途中なのを思い出してリリエルにそれを伝え、離してくれるように言う。


 渋々離すリリエルにごめんね、と伝えれば一本手伝わせてくださいと言われたので右腕を一本渡して右腕の清掃作業を続ける。


「クロエさんは口が上手いというか、騙すのが得意ですよね」


「ねー……分かる。強制じゃなくてどう?って聞いてくるのがまた狡いというかねぇ」


「人聞きがわるいのだけれど……」


 二人に好き勝手言われながら右腕の清掃と点検を終え、正常に稼働するかチェックする為に右肩につける。


 私の滑車弓は大型にすぎる。

 それ故に通常の力では引く事すら困難で、それを解消する為に合計三本の右腕で弦を引く事で対処している。


 つまるところ、右腕が一本でも正常に稼働しないとこれは扱えない、あるいは扱いが容易で無くなるという事だ。


「んー……。ん、大丈夫ね。あの大猿との戦闘でどこかおかしくなっていないか不安だったけれどちゃんと動くわ」


「あいつほんっと大変だったよねぇ」


「そうねぇ。リン、腕は大丈夫?あの時確か殴られてたわよね?」


「ん?だいじょうぶだよー。クロエが前に作ってくれたちゆりょく?が上がる付与が付いたのあったじゃん。あれ今も付けてるから」


 以前作っていた医療品の類が役に立ったようで何よりだ。

 といってもリンには治癒魔法が無く、私にも生産と付与しか無いのでそれっぽいもの、でしか無いが……。


 内容としては本人の自然治癒力を上げる、というものだ。

 あくまで本人の自然治癒力頼りである上に副作用なのか治癒力を上げる代償なのか空腹になりやすい。


 リンはそんな付与能力のついた鉄の腕輪を私に見せながらだから今日は早めにご飯にしよ?と提案する。


「そうね……リンの腕が治るまではこっちもちょっと休憩ね。依頼報告……どうしましょう」


 でも新人の指導ってあくまで建前よね?


 私の素性や種族を暴こうとしているのが本音だし、冒険者なんてボウフラみたいにぽこぽこ死ぬわけだし……大丈夫じゃないかしら?


 ……希望的観測よね、むしろ建前が失敗したからそれを盾にどんどん要求されそうだわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る