第97話 自己責任
「ま、こんなところかしら。ジャック、定期的にユーリの脚の布は変えるようにしなさい。常に清潔な物で包んで。ユーリ?かなり長い期間寝たきり生活を覚悟なさい」
後半は不要だったかしら。
ぶらぶらと揺れるだけで邪魔な端っこだけが辛うじて繋がっている左脚先を切り、布で覆い処置をしている間もユーリは自身の脚が無くなった事実を受け入れられないのか俯いたままだった。
私は残念ながら医者ではないから脚をくっつけるなんて出来ないし、付与魔法や生産魔法を最大限使えば出来るかもしれないがただの他人に使うつもりもない。
よってユーリはこのまま切断面がある程度回復し、リハビリによってまともに歩けるまで寝たきりの病人生活が確定している。
「他にはあるか?」
「ん?そうねぇ……当たり前だけれど食事をしっかり取るくらいかしら?」
そうか……とだけ言ったジャックの表情は明るいものではなく、浮かない顔であった。
レベルの低いうちは魔物を倒すのも苦労する上に、魔導具が出る確率も渋いのでそれを収入源には出来ない。
加えてユーリはこの先戦力にはならない所か、発言に配慮せずに言うなら食って寝るだけの存在となるのが確定している。
大丈夫かしらね、介護疲れから実母を殺害する息子さんとかニュースでよく見たわね昔。
ユーリにしても最初は介護される立場という事もあって大人しいかもしれないけれど、そのうち自由に動けないストレスや無くなった左脚という現実を受け入れられないあまり、介護してくれる相手に酷く当たる……ありそうだわぁ。
「……――じゃないですか」
「え?なにかしら、ユーリ」
余りにも小さな声故に聞き逃した。
ユーリに聞き返すが、今度は耳を塞ぎたくなるほどの大声でユーリはリンに吠える。
「リンさんの魔法で治してくれたっていいじゃないですか!」
「え……?あたし?」
いきなりの発言に私達三人はおろか、ジャックですら言葉を無くして押し黙ってしまう。
突然のユーリの豹変にジャックがいち早くショックから復帰し、ユーリの側に近寄る。
「私知ってるんですよっ!緑の目は生命や植物に関係している魔法の証だって!治癒の魔法も緑の目に由来するんですっ!」
命のやり取りや循環に関する、というところから転じて治療魔法もそこのカテゴリーだと言うユーリはそこから止まることなくリンや私にとにかく暴言を吐き続ける。
あらら、左脚が無くなった現実を受け入れたくなくて誰かのせいにしたくて仕方ない。とかそんなのかしら。
人形になって長いから部位の欠損や損傷に対しての共感性が落ちてるせいかしら、あんまり分からないけどユーリは脚が無くなった程度で物凄く落ち込んでいるみたい?
さっきから耳に入る内容はやれクロエがダンジョンに行くと言わなければ私の脚は、とか。
私達より高レベルのクロエ達が守るべきで、役割もこなせなかったんだからせめて脚を治せ!とかまぁ分からんでも無いけど自己責任やろ、とも言える内容を喚いている。
「リン、先に帰っていなさい。リリエルも」
「でも……クロエ独りにしちゃう」
「私なら大丈夫よ。だからほら、ここにいると五月蝿いわよ」
二人を先に私達の家、馬車へと帰らせる。
確かに護衛の役割をするのが役割ではあったわ。
けれどあの場面で気を抜いたのはユーリで、そこまでは責任は持てないわ。
それにダンジョンに挑む冒険者とは本来自己責任という言葉の局地の様な職だと私は認識している。
自ら望んでそうなった訳では無いかもしれないが、危険を承知で一発当てようとここに来ているのだ。
そういう選択をしたのは自分であって、まさか自分がこんなあっけなく終わるなんて想像してませんでした。
だからこの結果はノーカウントです。は通る訳無いのよ。
夢を見て自由に挑み、理不尽に死ぬ。それが冒険者だと認識している私にとってユーリの言い分はあまりにも気持ちが悪い。
未だに喚き続けるユーリの、左脚の切断面に乱雑に触れて無理矢理黙らせる。
「いいこと?確かに私達の落ち度で貴女は脚を失ったわ。だからこうして現状出来る限りの処置をしているの」
未だ失って時間の立っていない暖かな断面に触れられた事によってユーリの額には汗が滲み、表情はみるみるうちに健康的な色を失う。
「分かるかしら?治療をしない、では無くリンの魔法は植物魔法のみで、治療に関するものは無いの」
一旦切断面に触れていた手を離し、巻いていた布の位置を正しながら続ける。
「それとね?冒険者となるからには全ての事は自己責任よ。結局あそこで油断したのは貴女で、その結果がここ、というだけの話なの」
「でもっ……こんな!お前がもっと注意していれば……っ!」
「していればなに?甘えた思考で猿を逃して、その猿を統べる大猿が来たのは誰?」
可哀想だとか、戦場で敵に情けを掛ける事の愚かさよ。
持てる全てを持って挑む事こそ相手への礼儀では無いのかしら、全く。
卑怯な手段も正攻法も、全てを使って敵対する事こそ正しい行いだと思うのだけれどね。
文字通りに自分が使える手札全てを使っています、アナタはそれに値します。そういうのが礼儀じゃないのかしら。
それを可哀想とか、私達より弱いから見逃してあげよう、だなんて相手への最大の侮辱だわ。
ユーリは言葉を返せず、涙を目に溜めてこちらを睨むばかりだ。
「クロエ、すまないがその辺で」
一通り私達のやり取りを黙って聞いていたジャックは話が終わったと判断したのか私に一言断りをいれ、ユーリの体を抱きかかえる。
「ん、あぁそうね。ジャック、脚が回復してきた時の義足の装着や、清潔な布くらいなら貸すわ」
「……あぁ。分かった。ユーリ、行こう」
二人分の稼ぎとか、稼げるのかしらねぇ。
ま、知ったことでは無いからどうでもいいけど。
依頼、どうしましょうかしら……。失敗時のペナルティとか聞いてないのだけれど……。
ジャックが創世樹街へと歩いて行くのを見届け、私も自身の馬車へと戻る。
扉を開けるとすぐそこにリンとリリエルがいて、二人してつんのめってよろけ、私がそれを支える形となる。
「おっと……大丈夫?」
「あ、うん……ごめん、気になって……」
よろけた二人をちゃんと立たせて、改めて内部に入り、増設した右腕二本を取り外す。
汚れや破損が無いかチェックし、問題無いことを確認してから濡らした布で綺麗に吹いていく。
そうやってソファーで清掃作業をしている私の横にいつものように二人が挟み込むようにして座る。
「ねぇクロエ?」
「んー?」
作業する手は止めずにふんわりした返事をし、続きを促す。
「あたし達のせいなのかな?あれ」
あれ、とはユーリの言ったように護衛の役割を十全に熟せなかった事だろう。
リンなりに言われた言葉を咀嚼し、責任を感じてはいるのか少し弱々しい声色が左から聞こえる。
「リンはどう思う?」
ユーリに答えたように私の答えはある程度出ている。
だが先にリンはどう思っているか、どう思いたいかを聞かなければ。
親である私からの言葉は慎重に行わなければ。
ある意味で親や教師からの言葉とは洗脳と近しいのだから。本人の自由意志を尊重しなければいけない。
作業を止めてテーブルに外した腕を置いて、リンの方を見る。
右に座っていたリリエルが本を読むのをやめてテーブルの上の私の腕を取って私の作業を継続し始める。
「んっと……護衛として確かにあの二人を守るのが仕事だったんだよね?」
一つ一つ確認するように前提を私に尋ねるリンに答えていく。
リンは悩んだ末に、
「確かにあたし達がわるい部分もある……かも?でもゆだんしたあいつが悪いんじゃないの?あたしの腕みたいに」
少し痣になっている自分の腕を指して言うリン。
大猿に瓦礫を投げつけられ、土煙に乗じて殴られた自身の腕を見て、続けたリンの言葉は要約すれば最終的には自分の責であると言う。
助けを求めたりするのは構わないが、責任の所在を他所へ移すのは違和感があると言う。
「確かに、あんなに怒鳴るのは違うわよねぇ。でも、ユーリの立場になってみたら、怒りたくもなるのかもしれないわね」
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