第96話 敗走
「ジャック、ユーリは?」
肩を貸す形でユーリを支える彼に尋ねる。
止血はできている……左脚が千切れかけのチーズみたいにぶらぶらと膝下あたりから中途半端に千切れて揺れてはいるが。
辛うじて完全に切断されてはいないが、いっそちぎった方がとすら思えるくらいに怪我は酷く、ユーリの荒い息遣いが聞こえる。
「死んでは……いない。だが、この傷では……」
「そう。ならいいわ。とりあえず今後の事を考えるのも何をするにもとりあえず帰るわよ」
依頼失敗となってしまうだろうか、この場合。
面倒ね、ペナルティに何を要求されるのかしら。
……不本意ではあるけれど、義足でも用意しようかしら。
ああでも、この時代の衛生とか医療技術ってどうなのかしら。
傷口から化膿したり腐ったりするのかしら、放っておいても何か病気になったり衰弱して死にそう?
確か……この時代くらいなら……。
あぁ、そうね瀉血が流行っていたかしら?
なんでもかんでもとりあえず瀉血……つまりは血を抜く、という行為がなんでも有効とされていたとか。
あとは水銀?とかを混ぜたものが病に効くとか、あとはあの時代だと宗教とも絡めて、医学というよりは奇跡や迷信、それと過去の経験に基づく確かな療法が混ざり合っていたはずね。
そのせいで妙な伝承が信じられていたり、全く効果の無い療法が信じられていたりとか、ね。
タバコなんかもちょっと時代は忘れたけれどヨーロッパなんかでは医薬品扱いだったらしいじゃない?
今では考えられんないわよねぇ。
「私が先頭に立つわ。リン、リリエル。ジャックの背後を」
ま、とりあえずはここから帰ってそれらも考えましょう。
ユーリの傷口がこれから悪化するかどうか、ちょっと観察させて貰いましょう。
表向きはダンジョンへ誘ったのは私だから責任があるとかなんとか言って、ちょっと足りない医療の知識の補充や治験として利用しましょ。
二人は分かったと頷いてジャックの背後を取る。
真ん中にジャックとユーリを入れ、残り僅かな創世樹街への道のりをゆく。
創世樹街へ続く階段が見えたところで、ジャックが口を開く。
「クロエ……」
「なにかしら」
「ダンジョンとは、こんなにも厄介なものなのか」
「いえ、今回のような異常事態は初めてよ。まさか一階層からあんなのがいるとはね」
実際本当にびっくりよ。
最初の街から出てスライムに混じってドラゴンとか、ゲームバランス?なんすかそれと言わんばかりのボス枠の登場だったわね。
でもまぁ現実ってそうよねー。別に生息域とかユーザーに優しいとかそんな訳ありませんもの。
皆それぞれが生きてるだけですものね。
「今回は悪かったわ。故意では無いにせよ貴方の相方に重傷を負わせたわ」
「……気にするな、とは言えん。俺達はまだレベルも低く、日々の生活にすら困る有様だ。そういう意味で……だが」
「そうね……分かったわ。私の方でユーリの脚に関してはなんとかすると約束するわ」
「っ!本当か……?クロエ、あんたならユーリのこの脚を治せるのか?」
階段を登りながら、固まって創世樹街へと帰る。
私の技術や正体は秘匿したいので、一旦この話はここで、とジャックに断ってそのままギルドを無視して私達の馬車へと戻る。
「クロエ?どうするの?」
創世樹街の外壁、街道から少し離れた位置に停泊させているいつもの馬車が見え始めた頃に、リンが陣形を崩して私の隣に立つ。
「ちょっと傷口を綺麗にして、義足を用意するだけよ」
「ぎそく?」
「えぇっと……ユーリみたいな脚が終わってる人用の、偽物の脚とか腕みたいなのよ」
馬車内に私達家族だけが入り、荷物を下ろす。
とりあえず清潔な布と……水はリンに、あとは麻酔なんて素敵で便利な物はないから舌を噛まないように噛ませる布も……。
「どこまで肩入れするつもりですか?」
「んんぅ、そうね。とりあえずは治療はするわ。理由として人形の私は問題無いけど二人が怪我をした時に治療のノウハウが無いのはまずいわ」
リリエルは私の理由には納得したが、それでもまだ賛成という雰囲気では無さそうだった。
「理由は……分かりますけど、クロエさんの義足って大丈夫なんですか?絶対人間が作れない品質ですよね?ユーリ達は立場も低くギルドの圧力に屈すれば誰から渡された義足か辿られませんか?」
「あ、そういえばそうね。ならクオリティは低く作りましょうか」
リリエルは知識や技術の流出や私の存在の露見に対して深い警戒心を抱いている。
それはリリエルが過去に自身の物と呼ぶべきものが全く無い人生を送っていた事からくる執着心か、他者への共有や譲渡に対してかなり抵抗があるようだ。
要は一度私のもの!となったら絶対に渡さないもん!と頑なな態度をとりがちという事だ。
私達家族に対してはちょっとだけ嫌そうな顔をするとか、その程度だが今回のように全くの他人に対してはかなり抵抗を見せる。
「なら……いいですけど……」
「ごめんなさいね、ギルドの依頼のためにも、あとはさっきも言ったように医療技術や知識を得る為にも必要なのよ」
「わかって……ますよ。リリエルもそれは理解しています。悪い癖が、出てるだけです」
リリエルも自身でそういった執着心を自覚し、悪い癖だと認識してはいる。
理屈や理論を抜いて、反射的に抵抗してしまう。
そういったことであると。
「大丈夫よ、分かってるから。後でちゃんと埋め合わせするわね?」
それだけ言って馬車を出る。
ジャックはユーリを地面に寝かせているようで、ユーリも意識を取り戻しているらしい。
「クロエさん……私、どうなってるんですか?脚が……脚が痛いんです。ジャックは見ちゃだめって……クロエさん?」
「ユーリ、貴女の左脚は膝から下が切断されているわ」
いずれ分かる事であるし、今でもあとでも変わらないわよね。
ユーリは寝たままの姿勢で両手で顔を覆い隠し、声を殺して泣く。
ジャックからの視線が険しさを増す。
「そう……ですか。なんとなく、分かってました。だってぇっ……脚の、感覚がさっきから無くて……」
「そう……。残念ながら私でも千切れた脚はどうしょうもないわ。その代わり、義足を用意する事は出来るわ」
「もう……どうにもならないんですか?」
縋るような目で見られてもどうしようもないわ。
首を横に振ってみせればユーリはそんな……とつぶやいてまた泣いてしまった。
泣いていても傷口が治るわけでもない、むしろ放っておくと悪化の恐れもあるのでさっさと処置を始める。
生産魔法で石製の義足を作る。
といってもただの円柱の形状に足となる部分を少し平べったくバランスをとりやすくしただけだ。
「とりあえず……傷口をそのままにしておくとまずいわ。リン、水魔法を出して貰っていい?ユーリの傷口を洗い流して、汚れを徹底的に落として」
分かった、とだけ言ってリンは掌から水を出す。
傷口に水が触れた事でユーリは泣くことも忘れて暴れる、舌を間違って噛まないように布を突っ込ませ、ジャックに押さておいてと頼む。
すごいわねー昔って麻酔が無い時代ってこんなのに耐えてた訳ー?
適切な処置とか以前に、痛みで冗談抜きに死ぬんじゃないかしら?
その後、持ってきた清潔な布で傷口を覆う。
んー……いっそ焼いてしまう方がいいのかしら?火傷にして傷口からの出血を抑えた方が……?
知識が無いから分からないわ、この分野に関しては現地民と同レベルね、私。
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