第95話 逆関節
〈クロエ視点side〉
「ごめんなさいね、ちょっと調整に時間が掛かっちゃって……」
言いながら、新設した脚で何度も跳躍し大猿の周りを旋回するように飛び、滑車弓に矢を番える。
「それにしたってだよ!てか、その脚なにーっ?」
「うん?ちょっと新しくしたのよ。……ほらっ!飛びやすいし、敵からしたら狙いづらいでしょ?」
一番連想しやすいのは……恐らくはバッタの脚。
バッタの脚は、普段は折り畳むようにしてあり、跳躍の瞬間その脚をバネの様にして驚異的な跳躍力を発揮する事が可能であり、それこそが彼らの生存力に直結する強みなのだ。
今回私が新設した両脚もそれを参考にした形状となっている。
膝までは普通の脚だが、そこからの形状が独特だ。
横から見れば、分かりやすい話をするのであれば感電注意のジグザグ矢印みたいな形状……と言えばいいだろうか?
正座した時の脚のように折り畳んだ形状から、ひどく背伸びし、長くしたような状態の足が生えている様な、歪な形の踵があるようなものだ。
一歩、異形に近づいた気がしなくも無いが今更だ。
「ほらほら、今度は当たらないわよ?」
矢を放ちつつも、脚はバネの如く一瞬で跳躍しては着地の瞬間だけはすこしフワッとした浮遊感を残しつつ動き続ける。
大猿は先程とは違って私を追い掛けようとするも、そもそも追い付けず、やっと追いついたと思えば股下を私に潜られたり。
そのまま尻穴めがけで放たれた矢が見事命中し、神経が多く通う肛門への攻撃は効いたのか暴れたり、大猿は散々にやられていた。
狙うは腹や……先程のような神経や血管の多く通う箇所。
脇の下、太ももの内側、一般的にくすぐったいとか気持ちいいと感じる部位は得てして多く神経が通って入いたりするものだ。
すなわち、私が狙うべき弱点ね。
「あらら……ちょっといじめ過ぎたかしら?」
大猿が遺跡群を手当たり次第に壊し、必死こいて私へと投げつけ続けてくる。
堪らず、リンの大盾にうひゃあ、と気の抜けた声を出しながら隠れる。
「ひぇ、怖い怖いだわぁ。私怖くてどうにかなっちゃうわぁ」
「クロエさん、無事だったんですね。心配しました」
無言でぎゅっと私を盾を構えていない手で抱き寄せるリンと、側に近寄って声を掛けてくるリリエル。
二人の様子からして、だいぶ心配させたみたいだ。
「大丈夫って、私言ったでしょ?人形なんだもん、バラバラになってもへっちゃらよ」
リンの構える大盾にガンガンと瓦礫が当たり、五月蝿い事この上ない。
滑車弓を引き絞り、投げつけられる瓦礫の間を縫って矢を撃ち込み、その瓦礫を投げる悪い右腕の半ばまで貫通させて黙らせる。
弓の撃ち合いで勝てる訳ないでしょうに、頭が破損してもそこらへんの石ころでもなんでも素材にして直せるし、メインカメラ以上の役割を戦場において持たない頭だし。
それ以外の部位でも、致命傷の概念が存在しない私と、生き物である以上急所が必ず存在する生物ではそもそも条件がイーブンでは無いのだ。
大猿が私の攻撃で物理的に黙った、いや痛みに藻掻いて声を上げているので黙っていない……?
いや、まぁいいわ。とりあえず攻撃をやめたのを確認したリンは大盾の構えを解いて私を見つめる。
「クロエ。……怖かった」
「っ、ごめんなさいね。よく二人だけで頑張ったわ、偉いわよ」
そうだわ、この子達は私抜きであんなに強い魔物と相対していたのだから、きっと怖くて仕方なかったでしょうね。
それに、離脱の仕方も二人からしたら大好きで一番強いと思っていた親があっけなくやられた、みたいな物だものね。
普通なら士気は下がりに下がり、戦意を喪失してもあかしくなかったのよね。
「ほんと?あたし、頑張った?」
「り、リリエルもですか?」
「ええ、本当よ。私の可愛い二人。とっても頑張ってくれた素敵な私の愛しい子達」
ちょっと無理をする事になるが、更に左右に一本ずつ腕を生やして、この時だけの二人をハグしてあげるだけの腕を増設する。
「二人は私の自慢よ。二人さえよければ、ハグさせてちょうだい」
リンが勢いよく、リリエルが控えめに飛びつき、私を抱きしめる。
その間も滑車弓を引く方の腕は止まらず、痛みに呻き続ける大猿に矢を放ち続ける。
二人は私に抱きついているから分からないが、今の私の表情は無理に増やした腕の負荷が頭に響いている。
頭痛が……やばいわ。
やっぱり腕を増やしすぎると処理能力の限界なのか頭が痛くなるわね……。
「今日で死んだと思いましたよ、本当に」
「間一髪、だったものね。間に合って良かったわ。リリエルの根が大猿の背中を抉るのも見えてたわよ」
「うまく出来てました?」
「ええ。もちろん。ちゃんとリンと連携を取れた上に背後からの奇襲もうまく行ってて感心したわ」
実際ちゃんとリンに私が攻撃する?と自分から提案できたり、自分の能力はこうで、これは出来ないと伝えれてもいたし。
リンとしっかり現状の手札を公開し合い、出来る手を探る事が出来るのは成長と言える。
あの時の模擬戦のときは行動不能になったリンの次に狙われるのは自分だと恐れ、半ば防御行動のようにしか根を使わなかったリリエルからは想像も出来ない程に成長している。
私がいない時、二人の間で何か仲が進展したのだろうか?
二人の共通点と言えば、手放しでは喜べ無いが二人とも人間達によって凄惨な経験を味わってるという点だ。
共通点と言うのは人を近づけるというし、そこから気が合ったのだろうか?
実際リリエルを褒めている間もリンは特に気にした様子も無くリリエルに「あの根っこ良かったねー、次のクロエとの模擬戦のときはもうちょっと戦えるかもね、あたし達」と普通にリリエルへ話しかけている。
「リン、リリエルと何かあったのかしら?随分と仲良くなれたのね」
「え?あー……まぁ、ね。実は二人で探索している時にちょっと人間の冒険者パーティに、ね」
帰ったら話すね、と言うリンにひとまずここは納得し大猿へと視線を戻す。
すでに何本も矢が刺さった大猿は、だが生命力が高いのかまだ死にきれていないようで、荒い呼吸に湯気となって消える吐息がまだ生きる意思を見せつけてくる。
現状の武器じゃ、時間が掛かりすぎるかしら。
痛めつけれても、殺すには至らない。
膠着状態ね。
大猿もそれを理解してか、一際大きな咆哮を上げれば猿どもが大猿の元へと集まる。
大猿は私を人睨みすると、私を最初に殴った時のように何度も軽々と跳躍し一階層の遺跡群、その奥へと消えていった。
引き分け、ね。
いえ、ユーリをやられているから戦略的勝利、くらいかしら。
「あー!逃げたっ!クロエ、追いかけないとっ!」
案の定追撃し、確実に殺そうとするリンを落ち着かせる。
ほんと、殺意高いわね貴女は。
「待ちなさいな、私の矢であんだけ撃ったのにまだまだ元気なのよ。現状の装備じゃちょっと厳しいわ」
「えー……クロエならまたびっくりどっきりのアイデアとか武器とか、作れるんじゃないのー?」
「あー……まぁ思い出せれば、あるかもね。でもほら、あそこのボロ雑巾みたいなユーリを見なさいな。依頼の内容はあの二人を使える状態に持っていく、よ」
意識が戻らないのか、はたまた顔を上げる気力すら無いのかユーリはジャックに担がれている。
ジャックの様子からして、心臓はまだ動いているようね。
「ただでさえあんな状態なんだから、これ以上追撃してユーリの状態が悪化してギルドから何を言われるか分からないわよ」
「うっ……」
リンは一瞬怯んだ後、こっそりと私に耳打ちするように言葉を吐く。
「あいつが心配だからとか、あたし達以外を気にしての提案じゃないよね?」
「勿論よ、私の心がどこかに移ると心配してるの?」
リンはふるふると首を横に振って否定して私をまっすぐ見つめる。
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