第94話 大猿 

 滑車弓に番えたままの矢を射るが、僅かに反応出来たのか肩口を掠め、かすり傷程度の小さなダメージを与えてあらぬ方向へと矢は消えていった。


「反応速度がいいわね、でも狙いようによっては直撃も狙えるわ」


 そこまで硬い体毛ではないようね。

 それに図体がでかいおかげで反応速度良く逃げても身体の大きさ故に完全に回避出来ないらしい。


 だが大猿もやられてばかりではない。


 自身へ十二分なダメージを与えうる存在だと私を認識したのか、ユーリにそうした様に前足で殴りつけようと動き出す。


 大猿はその巨体に似合わない跳躍力を有しているのか、軽い跳躍を二回ほど繰り返し安安と前衛を受け持つリンを飛び越えて私の眼前に立つ。


「あらまぁ……厄介ね」


 私のレベルと反射神経じゃ避けれないわね。


 私の左半身を狙って振る舞われた前足は間違いなく私へと直撃し、みしりと音を立てる私の身体はそのままユーリの惨劇の焼き直しのように遺跡群へと吹っ飛ぶ。


 左腕がおしゃかね。


「クロエっ!?」


「だーいじょうぶよー、適当に遺跡の残骸で腕を作るからまっててー」


 無機物で、肉も血も、内蔵も無い人形を殴るなんて馬鹿ね。

 痛覚も事前にオフにしたから意味無いわよ。


 生産魔法で私が激突した事により崩れた遺跡の残骸を使って左腕を作る。


 なにげに石製のパーツを使うのは初めてね、ちょっと左右でバランスが違うから慣れないわ。


 ひび割れて動かなくなった用済みの前の左腕を棄て、石製の左腕へと換装を終える。


「んー……脚もこの際換えようかしら?あ、そうだわ。バッタとかみたいな跳躍力に優れた……うん、関節逆につけて折り畳むように……重心は低く」


 あの大猿の機動性に対して止まってたらやられるだけね。


 私はリン達が持ち堪えていると信じてあの大猿を仕留める為のパーツ換装を自身に施す。


〈リン視点side〉


「リンさんっ!クロエさんは!?」


「っ……大丈夫!クロエは人形だもん、破損しても戻ってくるよっ!」


 うそ、ほんとはいますぐクロエの所に行きたい。


 でもクロエはちゃんとお返事したし、待っててって言ってたから我慢する。

 我慢したらクロエが後でうんとご褒美をくれるんだ、あたしは知ってるもん。


 その為にも、クロエを殴ったあの化物をクロエが戻ってくるまでに少しでも傷つけよう。


「よくもあたしのクロエをっ!」


 クロエが作ってくれたお気に入りの銃を、いつもは雑に構えて撃つけど今回はしっかりとあたしの腕力で反動を押さえ込んで撃つ。


 いつもはこの手の中であばばば、と暴れる間隔がおもしろくて制御していないけど、今はそんなことしてる場合じゃない。


「っ、貫通力がたりないっ!」


 身体の表面をちょっと削り、すこしだけ血が出るだけで対してダメージになってない。


 それなのにこのおっきい猿はその程度のダメージに怒ったのかあたしにクロエにやったようになぐってくる。


「っ!クロエの助言通りにしてよかったぁ、正面から受けるのはやだねっ!」


 大盾を斜めにして攻撃を受けるというよりは逸らすようにして受けた結果、腕がしびしびと痺れるだけで済んだ。


 そしておっきい猿はあたしの大盾の正面についた棘を殴った結果、指に大きな切り傷を作って子供みたいに指を抑えて暴れている。


 自滅という形だけど初めてのおっきなダメージにあたしはよしっ!と声を上げる。


「リリエルっ!もっとこっち!あたしの側に来て、離れているとクロエみたいにどーんってされるよ」


「あ、はい!どうしましょう……リリエルの根、試してみます?」


 リリエルの提案にあたしは頷いて返事し、おっきい猿を見る。


「もう痛がってばかみたいに暴れるのはおしまい?」


 クロエのまねして煽ると、おっきい猿の視線がよりこわくなった……気がした。


 クロエはなんていったっけ、殺気?とかなんとか。

 私はそういうの分かんないけど、あるらしいよーとのんびり言っていたのを思い出す。


 この怖い感じがそうなのだとしたら、別にたいした物じゃ無いな、と思う。


 あの村での差別や迫害、暴力や辱めに比べたら、へっちゃらだ。

 ぜんぜんこいつは怖くない。


「ほら!来なよ、またそのお手手血だらけにしてあげる!」


 クロエに言われた通り、相手を怒らせて冷静さを失わせ、単調な行動を取らせるようにする。


 大盾に付けてくれた閃光機能を使っておっきい猿の目を眩しくさせる。

 本来はもっと近くで使わなければめつぶしにはなら無いけど、今回はこれでいいの。


 目的はおっきい猿にうざい、と思わせる事だから。


 それでいらいらして殴ってくれれば、また大盾で逸してあげて、棘が勝手に指を削るから。


「んんぅ〜っ!!ぜんっぜん来ないっ!びびってんの!?ボス猿のくせにタマは小さいわけ!?」


 でもおっきい猿は動かない。


 最初に出会ったみたいにゆっくりぐるぐるとあたし達のまわりを回るだけで、攻撃して来ない。


 でもいいもんね、それならそれで。


 あたしひとりで戦ってる訳じゃないし。


 おっきい猿が背中をおさえておどろいて後ろを向く。

 そこにはあたしの予想通り、リリエルの植物魔法で生やした根っこが地面を通ってそそり立っていた。


 おっきい猿が背後からの攻撃に驚いて後ろを向いてくれたおかげでわかった。

 ちゃんと抉れて、柔らかそうなお肉が見えているから、リリエルの根っこは有効なんだってことが。


「よし!ならこのまま……っ!?」


 あたしは嬉しくなってリリエルにそのまま攻撃して、と伝えようとしたができなかった。


 おっきい猿はあたしからも根っこからも距離をとって、遺跡をちょうどいい大きさに壊して投げつけ続けてきたから。


 何度も何度も、絶対にあたし達の攻撃が届かない遠距離から投げつけられる瓦礫に必死に大盾を構えてあたしとリリエルを守ることしか出来ない。


「やっばぁ……なんも出来ないよ……。リリエルの根っこも届かないよねあの距離」


「はい、あの距離はさすがに。それに根っこも見ずに操作するのはまだ難しくて、見当違いな場所を刺しておしまいです多分」


「じゃあなんとかしないと……きゃっ!?」


 おっきい猿の場所を把握しようと大盾からちょっと顔を出したら運悪く瓦礫が目の前に来てたみたいで、慌てて顔を引っ込める。


 これどうしよう……別に大盾に隠れていたら怪我の心配は無いけど動けないよ……。


 それからしばらく瓦礫を投げつけられ続け、やっと攻撃が途切れた。

 あたりは投げられた瓦礫のせいで起こった土煙で何も見えない。


「やっば、もしかして最初からこれを狙われてた……?」


 これじゃ挨拶出来る距離まで近付かれないとどこから攻撃されるかわかんないよ……。


 これ狙ってしてたとしたらかなり頭良くない?


 目をじっと凝らして観察するけどやっぱり土煙で見えない。

 僅かな異変も見逃さないように見えもしない土煙の中警戒する。


 でも……やっぱり分かんなかった。


 気付いた時には私のお腹に向かって拳が振るわれてて、大盾じゃなくて腕で咄嗟にガードしちゃう。

 じゃなきゃ直撃していたもん。


「ぐぅっ……!?んの、ボケ猿がぁっ……!」


 悪態をつきつつも、無様に何も出来ずに吹き飛ばされる。

 やっと土煙が晴れたみたいで、おっきい猿は地面を叩いてあたしをやっと殴れて歓喜するような動きをしていた。


「クロエ……まだ?あたしもー限界ぃ……」


 腕がじんじんする……折れてるっぽい?でもそこまで酷いっぽくない、折れてるだけでユーリ?だっけ、あの女みたいに死にかけのボロボロじゃない。


 おっきい猿が次の狙いリリエルに定めたところで、あたしがずっと待っていた人形の声が聞こえた。


 落ち着いた灰色や黒に近い配色のドレスに、肘までの長い厚手の手袋……クロエはレディース用の手袋とかこんな生地よね、とかそんな事言ってたのを何故か今思い出す。

 ……あたしの大好きな人形だ。


「お待たせ、ちょっと時間掛かっちゃったわ」


「クロエっ!遅いよ、あたしもうこんななんだけど!」

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